君とコインランドリーでいる時間

アラム

ランドリー勉強会

 佐伯さえきの成績は良くて損はないと言う言葉が、私たちのちょっとした勉強ブームの始まりだった。


「そこはね、こーなるんです」


 ドラム式洗濯機の雑音の中、私たち以外誰もいない木曜夜のコインランドリー。


 その中の勉強は案外捗るもので、課題がスラスラ進んでいく。


 最も、佐伯先生のおかげなのだが。


「ふぅーきゅーけー!」


 体感では50分位の情報量だが、時計は10分しかたっていなかった。


 よくよく考えれば、そんなに勉強していたら洗濯は終わっている。


「良いですね、火曜と比べてできるようになってます」


 教えた身として誇らしいです、なんて言いながら胸を張る佐伯を見てクスりと笑ってしまった。


 10分で数学のプリントの復習。


 昨日と合わせて約30分の勉強時間でここの内容が頭に入った。


 私からしたらすごいことで、先生の授業を真面目に聞く気がある日でも2割も理解していない。


「いやぁ、もうテストバッチリな気がするよ」


「そうですね〜前回のテストが何点ですか?」


「15」


 あからさまに低いなと言う顔をされ、少しムスッとしたが、事実だ私が悪い。


 佐伯は人差し指を唇に当て、斜め上に目をやった。


 考える人2号がいるなら多分こんな感じだ。


「まぁ60点は取れるんじゃ?」


「えぇ!?こんなけで?」


「もちろん、このペースで定期的に復習した場合です」


 だとしてもだ、全く勉強しなかった私を60点まで押し上げられるポテンシャル、もしや……


「もしや佐伯くん、君先生が夢だったり?」


「よく分かりましたね」


「そりゃわかるよ!教えるの上手だもん」


 私の勝手な偏見、教えるのうまい人だいたい先生になりたい。


 15回目くらいにして初めて当たった。


「なんか安直な考えですね」


「今バカにした?」


 いえ全然と目を逸らしながら言う佐伯に正当な理由でムスッとしていると、佐伯がこちらの目をあらたまった感じでみつめたので、首をかしげた。


「まぁ……でも教えるのうまいって言ってくれるのは、普通に嬉しいです。ありがとうございます」


「なんだ改まって、気恥しい」


「実は塾でバイトしてるんですけど、私自身ちゃんと教えれてるのか心配で……そう言って頂けるの凄く嬉しいです!」


 塾でバイト……とりあえずうちの高校がバイト禁止なのは置いといて、高校生でもできるものなのかと思ったが、佐伯が持つ謎の顔の広さなのかもしれない。


 相変わらず顔が広い。


 この前はやくざらしき人と話してる所を見たって学校で噂が広がってたっけ。


「知り合いに先生になるならやってみない?って言われてやってるの?」


「またまた正解です、美園みそのさん察しがいいですよね」


 なんだか褒められてる気がして照れくさく、鼻先が痒くなった。


「きっとその察しの良さが人当たりの良さにつながってるんですね……」


 考えてもみなかった。


 そもそも察しがいいだなんて言われたのもはじめてだった。


 前に佐伯に言われた。


 「美園さんは友達が多くてすごい」と。


 まぁ、嫌われないように動いてるから当然と言えば当然だが、その時の佐伯の顔は少し悲しげだった。


 今そういった時と同じように。


 もしかしたら、察しの良さはそんな回避行動をしているうちに知らず知らず身についた物なのかもしれない。


「ん〜そうかな?初めて言われた」


 うらやましいですとまた悲しげな顔で言った。


 どうして悲しげな顔をするのか、そんな藪から棒に聞いていいことじゃない気がして聞きはしないが、気にはなる。


「でも謎の顔の広さがあるじゃん」


「それ私じゃないんですよ。お父さんのおかげです。お父さんはすごい人で、いろんな人と繋がりがあったんです。それに皆さんお父さんがもう居ないのに、私を気にかけてくれるようないい人で……」


 先程以上にしんみりした顔をしたので、深堀厳禁という事を私の胸に刻んだ。


 しかし、私はなんと言葉をかければいいのやら、私の周りは常時ウェイ!みたいなやつばかりだから、重っ苦しい空気の打破方法なんて知らない。


 多分佐伯も空気が重くなった事を感じたのか、気まずそうにしている。


 数十秒か数分間か、無言の状態が続く。その間洗濯機の雑音が辺りを支配する。


 この音も何度聴いたかも分からないこの音は、もはや心地いいと言えるほどだ。


 今はちょっと空気が重く、リラックス〜とまでは行かないが、それでも心地いい。


「ごめんなさい、なんか空気重くしちゃって」


 無言の気まずさが耐えきれなくなった佐伯が申し訳なさそうにそう言った。


 そんなことないよ、なんて適当に言ったが、再度無言は続く。


 佐伯が口をモゴモゴさせ、何か会話を紡ごうとしていたが結局その日ちゃんとした会話はそれっきりだった。


 洗濯が終わり、用も済んだので、互いに帰路に着くことになった。


 店を出て、反対方向に行こうとする佐伯に来週の火曜、また会おうねなんて言葉を送ったが苦笑いで返された。


 クラスが一緒なのに変なの、とは何度も思うが、学校で話す事もない。


 私たちの関係はこのコインランドリーだけでいいのだ。


 まぁ今の関係もあの空気の悪さじゃ怪しいが、話さなくなったって私の成績が危うくなるだけで、他に何も問題はない。


 でも……少しでも長く続いて欲しい。


 そんなしょうもないことを思いながら、帰路に着いた。

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君とコインランドリーでいる時間 アラム @aramsuraim

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