②-1 宿屋の主人.txt
クリスティン様が率いていた騎士団の軍用馬車に乗せられ、3日間。名前しか知らなかった領都に私はやってきました。
街の賑わいや建物の大きさは想像以上でしたが、侯爵様が住んでいるというお城はそれはもう信じられないくらいの立派なお城でした。
城に入った私は騎士様から離され、大勢のメイドさんによって身を清められ、キレイな服を着せられお化粧を施されました。
戸惑いますが、大貴族にお会いするには平民でもせめてこれくらいに装わなければ不敬にあたるということなのでしょうか。緊張に身がこわばってしまいます。
気品あふれるメイドさんに案内されて侯爵様の執務室に向かえば。
「レイテ様をお連れしました」
「入りたまえ」
メイドさんがドアをノックすれば、低く落ち着いた響きながら美しい声が帰ってきました。
音もなく開かれたドアの向こうにいたのは。
立派な椅子に腰掛けた長身の男性で、肩までの輝いた金髪に切れ長の瞳にすらりとした鼻筋、微笑を浮かべる薄めの唇はどこか色めかしさすら感じさせます。
男の人なのに整った顔立ちは美しいとしか表現できません。醸し出す品格と高貴な雰囲気はこれがお貴族様なのだと一目で理解させられます。
ぽおっと見とれてしまっていた私にゼッツリー侯爵様の美声が届きます。
「レイテといったね。よく来てくれた、俺がゼッツリーだ」
「はっ、はい。お初にお目にかかって光栄でございます!」
「ふふっ、そう緊張しなくていい。ここに来てもらったのは君を助けるためなのだから」
侯爵様はそう言って立ち上がり、優雅に足を進めて近づいてきました。
「時間がないから、勝手に調べさせてもらうよ」
そしてぽんと私の頭に手を置き、ニコリと笑顔を見せて聞き慣れない言葉を口にします。
「ギャラリーオープン!」
ピッと小さくなにか音がしたような気がしますが、見回しても音の出は分かりません。
侯爵様はじっと目の前を見つめ、手を振って何かを押すような仕草をしています。
不思議がる私に向かい、笑顔を見せておっしゃいました。
「ここまで疲れただろう。食事を用意させているから付き合ってくれるかな」
****
「うわあ、なんて素敵なんでしょう!」
私の眼前には夜の街並みが広がっています。
お食事をいただけるということですが、お城ではなくすぐ近くにあるホテルという白づくめの高い建物に案内されました。その上階にあるレストランというきれいな酒場で食事をご馳走してくれるというのです。
店員さんに通された窓際の席。透き通ったガラスの向こうにはやけいというものが広がっていました。
密集した建物の一軒一軒が明るい光を放っているのです。軒先や窓から漏れる小さな灯火が集まって、まるで星空が地上に広がっているみたいです。
「あの、侯爵様。街がこんなに明るくって、今日はお祭りなのでしょうか?」
夜なのにこんなに輝いているなんて、お祭りのときくらいです。
「いや、違うよ。あれは魔導ランプの光でね。俺が開発した魔道具の一種さ。小さな魔石で数ヶ月も切れることなく光を発し続けるんだ。現在量産を進めているから、そう遠くない先に君の村でも普及するだろう」
侯爵様はそう仰っしゃいますが、村が毎日お祭りみたいになるなんて信じられません。そしたら子供たちはきっと毎日眠らなくなってしまうでしょう。
「お待たせいたしました」
そこへ私たちのテーブルに料理が運ばれてきました。
「うわあ、すごいおいしそう! なんて鮮やかなんでしょう!」
並べられたたくさんのお皿には色とりどりの料理。
まるでテーブルがお花畑になったみたいです。こんがりとした焼き色の肉料理の周りには赤や紫の野菜が装飾品みたいに添えられて。輝く白磁のカップによそわれた黄色のスープには砕いた緑の香草が浮かんで、対比する色の調和はうっかり触れてはいけない芸術品のようです。
それでいてあつあつの湯気を立てて漂う香りは、たまらなくおいしいって私に教えてくるのです。
お祭りのときだってこんな豪華な料理を目にしたことはありません。
「さあ温かいうちに食べよう」
侯爵様に促されおずおずとフォークを手にとった私ですが、一口を口にすればそのあまりのおいしさに手が止められません。
「んんっ、おいしいっ!」
前菜だという豆や野菜は私の村で育ててるのとは比べ物にならないほどに色つやが良く甘くって、パンはさくさくと香ばしくってふわふわな食感。何とかソテーというお肉もひと噛みごとにおいしさが口の中ではじけます。かけられたソースはお皿まで舐めたくなるくらい癖になる味です。
店員さんが注いでくれたワインは透き通るみたいに白くって、喉越しがすっきりでお酒の苦手な私でも何杯でも飲めそうです。
どれもこれも、今まで食べたことのない夢のような素晴らしい料理ばかり。私はせっかく着せられた上品なドレスにはそぐわない、マナー違反ながっつきぶりで次のお皿に手を出していきます。
そうして。私はあれほどいっぱいにあったお皿の数々を空にしてしまいました。
「ふわあっ、すっごくおいしかったです、侯爵様!」
はしたなく夢中でかきこんでしまった私を侯爵様は微笑むように見ていました。
私は頭を下げます。
「ゼッツリー侯爵様、ありがとうございました。最後にこんなすてきなお食事を楽しめて。もう思い残すことはありません」
これから悲惨な運命が待ち受ける私に、憐れんだ侯爵様はせめてもの慰めをお与え下さったに違いありません。
「おいおい、最後の晩餐じゃないんだ。俺が君をここに招待したのは美しい女性をもてなすにはここが一番だからさ」
「はい?」
きょとんとした私に侯爵様が言います。
「レイテ、君は生贄――――スライムに服を溶かされる女性はなんで発生すると思っている? その後に悲惨な末路を迎えてしまうのはなぜだと考えている?」
「えっと、悪霊に魅入られたからって祖母に聞いたことがあります。悪霊がこいつを不幸にしてやろうって企んで。だから悪霊に目をつけられないように神さまの教えを守って正しく生きなきゃいけないんだって教えられました」
でも、こうして私が生贄になってしまったということは、なにか神の教えに反することをしてしまったのでしょうか。私の心が沈みます。
「ああ……うん。悪霊は……ある意味それは間違っていないな。そう言われてもしょうがないかなって思う。だがな、俺は君に魅せられたあれらは決して悪しき存在ではないと考える。力なき弱者が煉獄に落とされ、永遠とも言える苦役にその身を轢き潰され、救いを求める哀れな魂だと。
たしかに彼らは生贄の少女たちが苦痛にまみえる姿に喜んでいるのは間違いない。だがそこで流される少女たちの涙の一粒によって彼らの魂は救いを得られるのだよ。あげられた悲鳴によって彼らの苦しみは和らげられるのだよ。
気づかないか? これは教会がいう
「ええっと……?」
突然ゼッツリー様が訳の分からな……難しいことを言い出しました。
「だから生贄に選ばれた者はたとえ苦しみに生涯を終わっても、天界で神の身許に招かれ幸せに暮らしているはずだ。
だが、俺は貴族という権力者に生まれたからには、そんな君たちを現世で救いたい。いや、そのためにこそ俺はこの世界に生まれたのだと確信しているんだ」
私には意味が分かりませんが、侯爵様のお言葉には確かな熱があり、本気でおっしゃっているのが伝わってきます。
ですが、この世界の
「俺にはささやかなチートスキルがあってね。生贄になってしまった女性の運命を視ることができる。この先にどんな危機が待ち受けているかを知ることができるんだ。その力でさきほど君のも確認したのだが、その一つは悪徳貴族に弄ばれる、というものだった。この地で言えば俺のことだな」
自分こそが生贄の女性を貶める悪者なのだと言うゼッツリー様ですが、その表情はあくまで私たちを救うという言葉通りの優しさに満ちていました。
「生贄に待つ運命を覆すことはできないが、ならば俺はそれを
レイテ、そんな悪徳貴族である俺が願う。俺の愛人になってくれないか? 俺が君を待ち受ける全ての運命を引き受けよう」
「えっ!?」
侯爵様がこんな田舎の村娘の私を愛人に?
「私、こんな冴えない緑髪のメガネ女でFカップしかないんですよ?」
「およそ最高だと思うが?」
お城にはメイドさんを筆頭に多くの女性が働いていましたが、みなさん洗練されたファッションに着飾った綺麗な人ばかりでした。
侯爵様ほどの方が私みたいな地味子を選ぶ必要があるんでしょうか?
ゼッツリー様は、私の目をじっと見つめて言いました。
「レイテ、君は美しい。特にその瞳だ。十字の星印の輝きの前には私が所有する幾多の宝石もくすんでしまうだろう。この窓からの夜景の光を全て集めても君の瞳のキラキラにはかなわないだろう。
さらにはその緑色の髪だってそうだ。明るい
「えへへへへ、そうですかぁ。もう、褒めすぎですよお」
はい、実はそこの所は自分でも中々のチャームポイントじゃないかな、なんて思っていたのです。
でも、瞳の十字と髪のグラディエーションという特徴は実はクリスティン様だって備えているのです。出自正しい麗しの女騎士となれば、それこそ侯爵様のお側に侍るに相応しいのではないのでしょうか?
「ああ、実は彼女も俺の愛人の一人だ。クリスティンもかつて生贄に選ばれてしまったことがあるのだよ」
「クリスティン様もだったのですね」
クリスティン様の風に靡く銀髪の輝き、剣を振るった立ち姿の凛々しさ。たしかにその美しさは生贄に選ばれてしまうに相応しく思えます。
ゼッツリー様へ寄せる信頼感も自身が救われたからだというのなら納得です。
「もちろんこの話は無理強いするつもりはない。他に手がないわけではないからな。例えば君が村に誰か将来を約束した男がいるのなら、その者を呼び寄せてもいい。
こういう時のために生かしておいた豚の養子にすれば貴族という条件は満たせるわけだからな。クリスティンは俺の元に来るのが最良だと決めつけてそこを確認せずに来てしまったのだがね」
ブタというのは何でしょうか?
いえ、それより良い仲の男性。そんなものはいません。そりゃあ近所の3つ下のトムくんには幼い頃から将来は結婚してねなんてよくプロポーズされていましたが。
行商人のハンスさんはいつも村の外の話を聞かせてくれるのが楽しみで、訪れるのを心待ちにしていましたが。
イケメン大金持ちでイケボのゼッツリー様とは比べようがありませんね。
「私にそんな人はいません。ふつつかものですがよろしくお願いします!」
「ふふっ、この世界の女性はみなたくましくていいね」
ゼッツリー様は早速二人の出会いのお祝いをしようと、店員さんを呼ぶと新しいワインを注文します。
注がれたワインは先程よりも香り高く、酒精が強いようでした。
これがきっと大人の香りというものなのでしょう。コツンと二人でグラスを合わせ、一思いに飲み込めば、たちまち酔いが回ってしまったみたいです。
ゼッツリー様に向ける顔が赤くなっていくのが自分でも分かります。
いつの間にか片付けられて広くなったテーブルの向こうで、ゼッツリー様が優しく微笑みます。
「それじゃあ部屋に案内しよう。ここの最上階で最高の眺めさ。しかも部屋には魔導ボイラーを設置しているからゆったりと風呂を楽しむといい」
「そんなっ、お食事をいただいただけじゃなくって、そこまでして頂くなんて」
「かまわないよ。なにせ俺がこの
「まあ」
そして案内されたお部屋は壁から家具まで白でいっぱいの素敵な空間でした。
その中で飾られた花や調度品は私みたいな田舎者にだってこれが一流の品だと分かります。
おとぎ話のお姫様のお部屋と言われれば、そう信じられます。
お風呂も花びらが浮かべてあって、良い香りに包まれていました。そしてお湯は流しっぱなしなのです。なんて贅沢なんでしょう。
そこで、その、ゼッツリー様と二人で身体を洗い合って…………そして、それからふかふかのベッドに導かれて、まるで羊の身体みたいな柔らかさの上に身を横たえると、ゼッツリー様が優しく私の頬に触れて言うのです。
「レイテ、君の
「ゼッツリーさまぁ…………」
…………とても夢のような時間でした。
私は少しばかりの痛みとその何倍ものふわふわとした幸せな心地よさに包まれて、深い眠りに落ちていきました。
脳裏に声が聞こえてももう何も考えられないくらいに。
****
「おやおや、これはまた激しい戦いが繰り広げられたようですなあ。ですが村娘では百戦錬磨のゼッツリー様のお相手は物足りなかったのでは? ここは騎士として主君の無聊をお慰めいたしましょう」
「堂々と主君の寝室に入ってくるな……まあいい。それとレイテと俺はこれでなかなか相性が良くてな。すでに悪徳貴族の分と宿屋の主人の分と、3日目までのギャラリーを埋めてしまったほどだぞ」
「なんと。うーむ、それは生贄の先輩として負けていられませんな。さあ、それでは私の宿屋の主人との枠の30日目を埋めようではありませんか」
「勝手にギャラリーを増やすな」
「いいではないですか。領内のモンスター討伐を果たした騎士に褒美を与えるのは主君の務めでありましょうぞ、さあ、さあ!」
CG回収率
レイテ 15%
クリスティン 300%
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