第2話

 マンション三階の角部屋、俺が一人暮らししている家だ。両親は仕事で海外にいる。

 俺の部屋に上がった有栖川は現金もスマホも使えないことがわかり、フローリングの床に膝から崩れ落ちて絶望する。

「嘘、スマホが使えないなんて。みーちゃんと連絡取れないじゃない」

 有栖川が言ったみーちゃんとは『もしだろ』に登場する宮下美耶子のこと。有栖川とは大の友人である。

「仕方ないだろ。あっちの世界に戻るまで連絡は諦めてくれ」

 こちらの通信環境と有栖川がいる世界の通信環境が同じだと世界は崩壊してしまう。

「薄情者!」

「おいおい、それがこれから家を貸してやる家主に対する態度か?」

「ここの家賃、貴方が支払っている訳ではないでしょ」

「それはそうだけど」

「こんな良い部屋を一人で使っているなんて贅沢よ!」

「今日からお前も住むのだから贅沢ではないはずだ」

 俺がそう言うと有栖川の顔が火がついたように赤くなる。

「……一緒に」

「熱でもあるのか?」

 異世界から来たから変なウイルスにでもかかっているのかもしれない。そう考えて俺は有栖川の額を触ろうとするが弾かれる。

「ないわよ!」

 元気なようで何よりだ。それよりも、なんで有栖川が二次元から三次元に来ることができたのか。その謎を究明しない限り、有栖川にとって幸せはやってこない。

「なあ、有栖川。最近、なんか嫌な思いをしなかったか?」

 ライトノベルではよく不安などの精神状態の乱れでおかしな現象が起こったりするらしい。

 だから、その不安を取り除けば有栖川は元の世界に帰れると俺は思った。

「したわよ。兎の奴が傘を持っていない私にわざわざ傘をさしに来るのよ。恩着せがましかったわ」

「それは兎の優しさだろうが! なんでわかってやんないんだよ! あいつ、お前が来るまでずっと昇降口で待ってたんだぞ!」

「なんで貴方がそんなことを知っているのよ!」

 やばい、ミスった。俺は兎のことが主人公として好きだから擁護してしまう。ただ、その部分が隠れているからこれからのラブコメに繋がるわけで。だけど、有栖川は兎の良さを全くわかっていない。アイツは不器用でまっすぐな男なんだ。あいつの良さを有栖川に伝えられるのは俺しかいない。だからこそ口が滑ってしまう。

「兎はとても良い男だ。あんなにも一途な男を俺は知らない。現実に存在したら週刊誌に叩かれることは決してないくらいの男だ」

「兎は現実に存在しているわよ?」

 有栖川は小首を傾げてまっすぐに俺を見る。

 まずい、有栖川にとって兎は現実世界の男子だった。

 俺は誤魔化すように咳払いをしてから口をひらく。

「とにかく、兎はお前を幸せにしてくれる奴だ」

「雄馬は本当に面白いことを言うわね。あんな男が私を幸せにしてくれる訳ないでしょ」

 だから、これから良い感じになるはずなんだって!

「それより私、雄馬のことが知りたいわ」

「俺のことなんて知っても良いことないぞ」

 俺が言ったことは謙遜ではなく事実だ。小学校、中学校と不登校にならなかったのが不思議なくらい目立たない存在だった。多少、虐められもした。おかげで性格は捻じ曲がった。そんな男の過去を教えても有栖川に得はない。

「それでも知りたい!」

 上目遣いで有栖川に言われて俺は頭をかく。

 違う、違うんだけどな。お前が興味を湧く相手は。

「俺はただのモブだ。いてもいなくても世界に影響を与えない人間だ」

「……雄馬は自分がわかってないわ」

「え?」

 俺が聞き返すと有栖川は笑って答える。

「雄馬は素敵な人よ。だって、コンビニで奢ってくれたもの。だから自分のことをモブとか言わないで、もっと自分に自信を持って!」

 自信を持って、と言われて自信を持てる人間ではないので困ったが嫌な気はしない。この持ち前の明るさがヒロインたる所以なのだろう。

「ありがとう」

 俺はつまらない言葉しか返すことができない。

「どういたしまして」

 はにかんだ彼女を見て俺は苦笑しながら思う。こんな良い子なら、そりゃ好きになるわなと。


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