12 友達も普通ではありませんでした

こっちに来て1カ月。

1日のルーティンがほぼ固まった。

朝起きて、身体全体にクリーンを掛けて、でも顔は水で洗って。

朝ごはんに前の日に採った果物をひとつ食べ、森に入って食べ物を探す。

クロウと一緒におやつに果物を食べ、昼頃に拠点に戻り午後は魔法と弓の練習。

10日ほど前、果物採取の途中で良く撓りでもけして折れない木を見つけ、弓の材料にと切ってきた。

それと長くて切れにくい蔓を弦として、簡易の弓を作った。

慣れた和弓を作るには、良い竹を選び寝かせ燻したり炙ったりして撓ませた竹を更に成形して、弓として出来るまで数年かかったりするのだが、ここではそもそも竹など見たことは無いし、とりあえず使えればいい。

矢にするのは自分の魔力。遠くを狙って攻撃するにはこのやり方が一番命中率がいい。

そんな攻撃するような対象には今のとこ遭っていないけれども。

夕方に果物を食べて、風呂に入って本を読みながら寝る。

そんな毎日。


日々の練習の甲斐もあり、魔力の扱いには大分慣れた。

癒しの魔法も試した。

さすがに自分で自分に傷をつける勇気はなく、枝が引っ掛かって切れた傷を治した一度だけだが綺麗に治った腕の傷に安堵した。

ステータスを確認すれば、全体的にレベルが少し上がっている。

そろそろ、いいだろうか。


ここの暮らしは悪くない。

果物だけの食事ももう慣れた。

だけど。

最初の、地球から完全に引き離されたショックを超え、生活に慣れてくると少し人恋しくなってくる。

元々企画・営業で多くの人と関わる仕事をしてきた身だ。

そろそろ、人間と話したい。

だから俺は、一度この森から出てみようと思う。

ウィキ擬き先生は話してくれるけど、基本俺の質問に答えるだけだし、クロウは傍に来てくれるようになったけど動物だから言葉での交流は出来ない。



「・・・クロウ、お前が喋れたらなあ」



俺の横でリンゴを齧っているクロウ。

紅い目をくるりとこちらへ向ける様子はまるで俺の言葉を理解しているようだ。

そんな訳ないのに。

はー・・・と空に向かって息を吐いた。

その時。



『・・聞こえるか?』

「え・・・?」



どこからか、声が聞こえた。

男性とも女性ともとれる、不思議な声。



「え?誰」



どこから聞こえてきたんだ?

キョロキョロと周りを見るも人らしき姿はどこにも無い。



『お前の隣にいるであろう・・・』

「隣って・・・」



俺の隣にいるのは、口元に付いた果汁を赤く大きな舌でペロリと舐め取りこちらを見上げるクロウだけだ。



『お前が喋ろと言ったのだろう?』

「うそ・・・」



目の前の動物が喋ってる?



『嘘などではない。聞こえているのだろう?』



こちらを見るクロウの目が面白そうに眇められる。



「き・・こえる、けど」

『お前がこの森に害を与える者ではないと分かったからな』



くあ、と口を開け鋭く長い牙を舐める仕草に、もしかしてと思う。



「・・・クロウ、俺を守ってくれてたんじゃなくて、・・・森を守ってたんだ」



俺が森を傷つけないか、見張ってた?



『ここは神獣の森だからな』

「しんじゅうの森・・・」

『神が創った我ら獣のための森だ。我らは神の使いだからな』

「神の使い・・・。爺さん神さんの?」



あれ?

世界に干渉出来ないとか言ってなかったっけ?



『お前、神を爺さんとな?』



クク・・とクロウが笑う。



『神を知っておるのか?』

「ああ、うん。俺異世界から間違えて連れてこられちゃって、森に来る前に会った」

『・・・お前は面白いな』

「いや、俺はいたって普通の人間だけど」



どこに面白いポイントがあったというのか。

なんだか色々聞きたいことはあれど、どこから聞いたらいいのか分からない。

そんな俺の答えにも笑うクロウ。

けれどその笑いはすぐに潜み、落ち着いた声が掛けられた。



『さて、意思の疎通が出来たところでひとつ尋ねるが』

「あ、うん」



先を越されてしまった。まあいいけど。



『クロウとは、私のことか』

「勝手に呼んでごめん。名前、あるよな」



ペットじゃないけど、そんな感覚で呼んでしまっていた。

気を悪くしたよな。



『我ら神獣は契約者のみに名を許す。しかし・・・』



グルル・・とクロウの喉が鳴る。いや、本当の名前があるらしいから、もうクロウと呼んじゃいけないのか。



『・・・お前の名は?』



唐突に、訊かれた。

まあ、動物相手だと思ってたから名乗ってなかったしな。



「ハルカ・ツヅキ」

『ハルー・・カ、ツヅ、キ』



ハルーカ、ハル、カ、ハルカ・ツヅーキ・・ハルカ・ツヅキ。

言いにくいのか、何度か言い直し、しかしすぐに正しい発音で俺の名を呟く黒い神獣。



『ハルカ・ツヅキ』

「うん」



名前を呼ばれ、普通に返事をする。



『ハルカ・ツヅキ』

「はい」

『・・・ちょっと黙れ。我の話が終わったら返事をしなさい』

「あー、ごめん」



名前を呼ばれたから返事をしてたら、どうやらそれはただ呼んだだけではなかったらしい。



『そなた、ここに住むのか』

「・・・いや、そろそろ外の街に行こうと思ってる。

森には世話になったし、クロウにも・・・神獣様に挨拶をしてから移動しようと思っていた」

『そうか』

「うん」



寂しいし、不安もあるけどね。

そう苦笑する俺を、気高い獣はじっと見ている。



『・・・ハルカ・ツヅキ。我の片割れを連れてゆけ』

「・・・え?」



紅い目が、キラリと光る。



『我は神の神獣にして森を統べる者。だが我はハルカ・ツヅキを主と望む』

「ええ・・・?」



それって、さっき言ってた契約者ってヤツ?

契約者って、何するんだ?

主って・・・。



『難しく考えることは無い。

そなたは強い。だが強いだけでなく優しく思いやりがある。

我はそなたの魂に惹かれたのだ。

そなたには見事な魔法の腕があり、たいていの事は自身でやれてしまうだろうが、困った時には我の名を呼べ。何を置いても駆け付けよう』

「・・・俺と、一緒に来てくれるって事」



片割れ、とは言っていたけど。



『ハルカが望むならそれも良いな。なんなら共寝もしてやるぞ?』



揶揄うように言われるけど。



「それはそれで嬉しい。けど・・・俺と契約して、森は、大丈夫なのか?」



森を統べる者、という事はクロウはこの森の王だという事だ。



『我は神獣だ。

誰と契約しようが魂の根幹は常に神の森と共にある。問題ない』



どういう原理か分からないが、大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。

なら。



「俺も、クロウと離れたくないよ」

『決まりだ。ハルカ、手を出せ』

「・・・こう?」



手のひらを上にして手を出すとクロウは頷く。



『【ハルカ・ツヅキ

我の名はクロウネル。ハルカ・ツヅキを主とし魂の契約を結ぶ。

証として心珠を預けるものとする】』



頭の中に朗々とした声が響く。



「・・・これ、」

『我を望むなら握ってくれ』



コロンと、紅く輝く球。

それは手のひらにやっと収まるくらいの大きな物。



「俺もなんか言った方がいい?」

『いいや?契約はそなたがそれを握るとこで成る。何もいらぬよ』

「そうか」



・・・でも。

魂の契約って言ってた。

これはクロウが言うほど安易に出来るような事ではないのだと思う。

主になるという事は、命を預けられるのと同じだろう。

ならば、黙っていることなど出来ない。



「神獣クロウネル。

俺はお前の主になるけど、この森は俺にとっても大切な場所だよ。

何かあったら俺にも教えて。俺もここを守りたいから。

一緒に、大切なものを守ろう」



目を閉じ、両手で球を握る。



「っ・・!」



その瞬間、球は光り輝き、しかしその光はすぐに俺の手に吸い込まれていった。



『これで契約は成った。

ハルカよ、我の魂は常にそなたと在り、守ろう』

「・・・ありがと。だけど、俺も守るよ。クロウネル」

『クロウでよいよ。そなたにそう呼ばれるのは悪くない』



ペロリと、俺の手を舐める。



「くすぐったいよ。なあ、俺も触っていい?ずっと撫でてみたかったんだ」

『愛玩動物ではないのだが・・・まあ、ハルカならよいよ』

「やった!」



立った俺の肩までもある大きな体躯は一見怖いけど、クロウはとても美しい。

ずっと触りたかった。

首をぎゅっとして、毛皮を撫でる。

艶やかで、思っていたよりずっと柔らかい。



「クロウ、これからずっとよろしくな」

『ああ』









それから1週間後、俺達は森を出て街を目指した。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る