第171話 理事長

トイレをお借りしてしまい、帰る理由も失いかけていたが、あまりにも喋ってくれないのでここにいる理由もないので、お暇しますと話しかけると、やはり


「む」


とだけ返ってきた。


「先生もしかしてずっとそんな感じだったんですか!」


…?

そうですよ。



…む


…はぁ。


の3種類しか聞いてないですよ。


「あわわわわわ。

あんなに言ったのに…。


ごめんなさいね、ラルフ様。

先生に悪気はないんです。

ただ人見知りな上に…。」


「む!」


「文句があるならご自身でどうぞ。」


凄い、会話ができてる。


「…はぁ。」


「ほら、私が言いますよ。

ラルフ様、あの、先生は貴方のファンで…。

ちょっと待ってて下さいね。」


そう言うと案内の人は理事長の机をガサガサすると、丸められた大きな布を出して来た。


「今日貴方がいらっしゃるということで剥がしていたみたいなんですけど、普段これ飾ってるんですから。」


あ、それは剣闘場で売ってた僕のタペストリーだね。

魔法でなった大人の姿の。


「そうなんです。

それで緊張し過ぎてしまって、こんなにガッチガチで。

一人で大丈夫か何度も聞いたのに全然ダメじゃない。


すいませんね、父がこんな感じで。

お話があって来て頂いたのに。」


あ、娘さんなんですね。

いえ、わかりますよ。

僕も応援している人相手にスラスラ言葉が出てくる方じゃないので。


「あ、そうなんです。

学校では先生と呼んでいるんですけどね。


つい、情け無い姿過ぎて。

あはは。」


あはは。

ウチの父も王国の学長なんですけど、そんな風に感じる事がありますよ。


理事長に見慣れた姿の方がいいかな。

少しは緊張が取れてくれるだろうか。


僕は死魔法を発動すると、大人の姿になった。


こっちの方が見慣れてるんですかね。

すいませんが、年齢に引っ張られるのか、この姿では戦闘しかしてないからなのか、口調が少し荒っぽいかもしんないっす。


「きゃー!」


えぇ…!


「む!」


えぇ…。


あの、お二人さん?


「きゃー!」


あぁ…会話不能な人が増えただけだ…。

俺が何したっていうのさ。

ここに来てから何にも話が進んでないって。


「む…。

娘がすまない。」


む、以外の言葉が初めて…!


いや、えーと、学長選についての話を聞きに来たんです。

魔法についても教えて欲しいことは沢山あるんですけど、近々の話はそっちで。

友人が、ご存知ですかね、ロブ家分家のカルロスが帰って来ているんですが、彼が教養学部を無くすって言っているんです。


俺の父がやってる学校にはそういう学部が無くて、少しお話をお聞きできねーかなと。


「む…色々と問題があるが、正直魔法使いという立場なら賛成だ。」


問題とは?


「む…。

例えば、就職先だな。

サラは就職関係に詳しかったな。


サラ?」


サラさんっていうのね。

サラさん?


「名前!」


え?はい?

サラさん?


「呼び捨てで!」


あ?

サラ?


「きゃー!」


…ぉおう。


「…はぁ。

私が話そう。


今は平和だからな。

魔法使いはインフラ、研究者、予備戦力でどこかに所属する事になる。


どれも貴族の下だ。

世界に2か所だけ貴族の庇護下にない独立した研究所があるが、それ以外はそうだ。


よって貴族を省くような経営は学校としてはしづらい。」


確かになぁ。

でもそれが行きすぎて、実力よりコネが重視され始めているのを危惧していましたよ、カルさんは。


「む。

それはわかる。

が、だ。

例えば、上や周りに気に入られる能力はどんな仕事をしていても大切だ。


一人きりの実力者より、周りを不快なく巻き込める平凡な者の方が結果として大きなことを成し遂げる事がままあるからな。」


それもわかります。


結局学校で教えられる事なんて思考をパッケージングした物なんだから、偏る。

それに迎合する奴だけが上に立つようになったら危ない。


貴族に、運営側にそういう奴らを集めやすい環境ってのはそういうことでしょ。


「む。

私も教育者だからな。

確かに与える課題の結果で見てしまうところがあるし、学校という狭い集団では誰もがそうなりがちだな。


…少し一人で考えたい話でもある。」


世界一の教育機関として独立性を保つというカルさんのやり方に賛同したから、話を聞いてみたかったんですよ。


「む。

今すぐ賛同する部分もあるし、そうでない部分もある。

何かが優秀な者達はそれでいいが、やはりそうでない者を切り捨てる訳にはいかないからな。

そういう者には教養学部の存在は大きい。

友が拾ってくれる場合もあるのだから。


逆に教養学部に邪魔をされて行き場を無くす者も居るのも事実だがな。


難しいところだ。

平和な今、余計そう思うよ。」


確かに僕も教養学部の存在がこの学校を世界一たらしめている所もあると思いますけどね。


「君がもし、私兵を作る場合この学校から獲得しようと思うかね。」


…今は思いますが、この学校だからっていうのは少ないですね。


広く募りたいから、この学校の人もってだけです。

でも、長く続く組織になった場合比率が増えていきそうですよね。

やっぱり人は知らない人より知っている人を選ぶもんだし、デカくなればなるほど、学校とかの薄い繋がりでも共感を得たら有利なんだから。


それって教養学部があっても無くても同じだと思うけどね。

どうせしがらみは増えていくんだから、学生の内から雁字搦めになる必要はないと思うけどね。


「む。

難しいもんだな。」


ね。

まっさらな人材を俺色に染めていくってのもいいですけどね。

でも各々勝手に色々思ってるのが健康な気もするけどね。


「私はまっさらです!」


あ、はい。


「染められます!」


あ、いや、はい。


「貴方色に!」


…貴殿のますますの発展をお祈りしていますよ、はい。

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