第170話 無口

流石にじゃんけんではダメだったね。

誇りをかけたならいけるかもしんないけど、そんなじゃんけんしたくないし。



「じゃあ僕は学問の理事に会ってくるよ。

女性の方らしいね。」


あ、そうなの。

僕が行く魔法の理事長はおじいちゃんらしいのに。


…極めた系ジジイはヤバい人が多かったから不安だな…。


「ちょっと無口な人だが、悪い人じゃないぜ。

どっちかというとお前の親父に似てる感じだ。」


ならいいか。

子供にデレついてる以外は欠点ないし!


じゃあ僕も行こうかな。

カルさんも頑張ってね。


「おー。

今はやること無いけどな。」


あれよ。

山積みだろ。



学校の受付で魔法学科に案内してもらったが、僕はやはりとても目立つようで、教室の前を通りがかるたびに居た堪れない気持ちになる。


色々と通うのに問題があったせいで、この世界で学校に通っていないが、やはりこうして歩くと少しだけ後悔があるなぁ。


通いたいと言えばウチのお父さんはなんとかして通わせてくれただろうし、そうすればこの世界に同年代の友人がただ一人なんてことにはならなかっただろう。


案内の人にも、神子様は同年代と比べて落ち着いていますね、なんて言われたが、それは大人と居ることが多いからで、多分同年代と遊んでいたら何歳になっても学生当時にある程度帰るもんだと思う。


その相手を持たなかったことは素直に寂しい。



理事長室に通されるとすでに待ち人がおり、その人は一言と発さず、じっとこちらを見てくるだけだった。


「あの、理事長、こちらラルフ様です。」


ラルフです。

よろしくお願いします。


「…。」


えぇ…!

ちょっと無口じゃないじゃん。

挨拶もしてくれないタイプじゃない。


「…理事長?」


「…あぁ、よろしく。」


ラグが凄いな。

応答サーバが海外にあんのか?


案内の人はソファへ促すと任務完了とばかりに居なくなってしまい、この場に僕と魚より喋らないお爺さんが取り残された。


気まずい。

とりあえず魔法学科の概要を聞こうかな。


この人の教育方針とか聞いてみないと、味方になって欲しい人がどうかすらわからない。


…何時になるだろうか。

今日中に帰れたら良いけど。


僕は聖魔法だけはある程度使えると自負しているんですが、他の属性はあまり得意ではないのです。


土魔法だけ師がついたので、戦うだけなら問題ないのですが、何か訓練方法はありますか。


どうだ。

知恵袋ぐらい丁寧な質問をしてみたぞ。

ベストアンサーをくれ!


「…む。」


む!?


いや、まだだ。

ラグいだけの可能性がある。


あ、立ち上がった。

…扉を開けて出て行ったな。


…。

お茶を出されたんだった。

今のうちに飲んでおこう。


あ、なんだっけ。

飲んだことあるお茶だ。

ちょっと高い茶葉だったよな、これ。

なんか発酵の度合いがなんとかってアンヌに教えてもらったことがある。


そうそう、アンヌはお茶が好きだから、色々な所へ行くたびに変わったお茶を買ってきたから、変質する前にティナ経由で送ろうと思っているんだけど、そうなるとティナにも何か買わなきゃいけないから後回しになっているんだよなぁ。


…あ、戻ってきた。


「…はぁ。」


すっごいため息ついてる…。

なんか失礼をしたか?


あ、もしかしてこの国ではお茶を飲むのはマナー違反とかあったのかな!


…謝るか探るか…?


あの、このお茶美味しいですね。

確か、北東の国である程度しか作られない物を長期発酵させた物ですよね。


…ね?


「…む。」


また!む!


むってなに!


あ!指先が光った。

これは知ってるぞ、少し離れた人に合図を送る魔法だ。

分類は風だったはず。


あ、案内の人が帰ってきた。

なんだこの人待ちだったのか。

言って欲しかったな。


「おかわりお入れしますね。」


あ、恐縮です…。


あ、すぐまた出て行った。


また爺さんが無言で見てくる…。

飲めば良いの?

…飲みますよ。


ティーカップとソーサーが擦れる音がすごく大きく聞こえる。

口に入れたお茶を飲み込む音がこの部屋で今一番大きな音だ。


カップを置くときにカチャンというのが耐えられない。

風魔法でクッションを作ってゆっっっくり置こう。


美味しいですね。

理事長もどうぞ、好きに飲んでください。


「む。」


あ、これはイエスとかそっち系の「む」だ。

…だからなんだよ。


あ、また指先が光った。

…いらない。

いらないよ。


おかわりはいらないよ!

そんな気を使うなら喋ってよ。

あぁ、また案内の人が来た。


もう何度か同じ流れを繰り返している。

案内の人にも申し訳ない。

2センチ減ったら呼ぶんだもんこのおじいちゃん。


どうしよう。

お腹がチャポチャポだけど、この空間で出来ることがお茶を飲むことしかない。


…トイレにも行きたくなってきた。

早くこのお茶を飲み干して、案内の人が来るまで耐えるしかない。


…空ですよ。

…お客のカップが空っぽですよ。

…お客のタンクは満杯ですよ。


…。


呼べよ!

あんな一口飲んだら継ぎ足しに呼んでた癖に、こっちが膀胱パンパンになった途端瞬きもしなくなったわ!


あ、尊厳を失いそう。


神の子がどうとか剣闘士のチャンピオンとか全然関係なく、人としての尊厳を失いそうだ。


こんなにお茶の減り具合を見てくれたり、もうかれこれ1時間以上付き合ってくれているから、敵意とかそういうのは無いんだろうけど、無口が過ぎる。


あぁあ、もうダメだ!


すいません、長居して。

また訪ねた際は授業の様子等見させてください。


「む。…はぁ」


えぇ…。

仕方ないんだ。


出そうだから。

奥歯が痒くなって来てるから、む、とはぁ、の考察をしてらんないんだ。


僕は立ち上がり足早に部屋を出ると、案内の人が待っていた。


…ずっとここに居たのか…。

あの!

トイレはどこですか?


「トイレですか?

…ここから一番近いトイレは理事長室に備え付けられているやつですね。


それ以外だと…入り口の近くのところですね。

入り口の近くの方へ行かれるなら警備を呼ぶので少々お待ちください。」


入り口からここまで15分くらい歩いたぞ!

それから警備を呼ぶだと…。


あばばばばば。


これか。

これだな。

背に腹はかえられんってやつは。


僕は急いで理事長室に戻ると、お借りしますと言いながらトイレへと向かった。


理事長はやっぱり、む、と言っていた。


あぁ!

これは肯定のむ!


トイレに入りながら、そう思った。

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