旅 獣の森と神獣と

第116話 旅立ち

危害を加えられた訳ではない。

これからは分からないけど、今はその心配がない。


しかし国に居るのはどうかと思うようになってきた。


理由は幾つかある。


僕は知っているお兄さん的なラルフィード様だが、現実に生きる人達にとって実態がない神を信奉する教会。


それに内包される形の僕の神子という呼び名だが、医師として動いたことで、僕が実態がある神などと同一している人達があまりに増えている。


姉の悪意ない布教と商才。

そして僕が元々持っていた医師としての知識が噛み合って、個人についた信奉者が把握出来ないほどいるのだ。


実際のところ教会の本山から何度も招集を依頼されているが、色々考えて見送っている形だ。


ラルフィード様の信仰に役立つのは吝かではないのだけれど、出来れば僕への信仰をそのままぶん投げたいところだ。


しかし、招集目的が式典を開くだの認定するための儀式を開くだの、僕の存在を公に認めるようなものばかりで、それを画策している人物らも政治的に利用しようとしていることがありありと分かる。


よって教会にもっと内包されたいのは山々なのだが、どれかに応じると個人からの呼び出しに応じるのと同義であり、目を逸らしてきた僕の宗教的価値を知らない人物に付加することはできなかった。


善良なお父さんにぶち込んでしまいたいところなのだが、本人がわざわざ王の前で、僕を育てることが奇跡を賜った意義だと宣言してしまったため、宗教的な権力は僕の方が大きくなってしまっていて、今更僕が何を言おうとそれは覆ることはないだろう。


あー。

やってしまったなぁ。

でも病気の子供を見捨てるなんて出来なかったからなぁ。


「今ラルフが神になったら私より強い神になっちゃいそうですね。

あはは。

なります?」


やめてよ。

なりません。


そう。

困った僕はハズレの教会で召され、神様の元に相談に来たのだ。

前は姿をくらませられれば、時間が解決すると思っていたのだが、今の状況で僕が居なくなるのはマズい。


僕についている信者は、言ってしまえば現教会に不満のある人達の集まりと言っていい。

そうじゃない人ももちろんいるが、新派閥と言っても間違いない規模で、寒村などではより広まっている。

僕が薬や治療を広めたせいだ。

それは良いのだが、今までいくらお布施をしようが祈ろうが救われなかった村が改善した結果、本当に数が分からないほどになっているのだ。


そんな状況で僕が消えると、教会側へのヘイトが大爆発する恐れがある。


僕の味方は治療を進めた方針で、戦場へ出る人、子供のいる人、貧しい人達だ。

数が多いしプロもいる。


政変に勝ててしまうのだ。


僕は自分がズルをして知識をばら撒いている事を理解しているし、効率の良い方法の知識もあったので広められただけで、今の教会の在り方に不満などない。


個人では善良ではない人もいるが、組織てしては善良なのだ。

今の教会でも時間を掛ければいつかは解決できたと思う。


なので対立することは避けなければならないのだ。


「なんかすっごい面倒くさくなってますね。」


そうなんだよ。

それで考えてる事あるんだけど、いい?


「なんですか、改まって。

確認なんてしなくても良いじゃないですか。」


いや、さ。

これ、この本を解説して欲しくって。


「うわっ!

私の本!

恥ずかしい!」


この本を何度か読んで、この世界の立地を理解した。


中央部には、巨大な王国が過去にあったらしい。

栄えたあとに、何らかの事故で国ごと消し飛び、色々巻き込んだ挙句大砂漠となって鎮座している。


なので円状に国が並んでいるのだが、僕の常識からすると変なのだ。

海が南と東と西側しかなく、北は山で囲まれて終わっている。


天体の動きから球であることはわかるのにだ。


「あぁ。

それですか。

原因を知っては居ますが、一言でこうだからというのは難しいですね。


そうしなければならないからそうなっているとしか言いようがないです。


この世界の人たちはそもそもそんな疑問持った事も、これから持つ事もないですね。」


そうなんだ。

仕組みとか前世と全然違うし、分からなくていいなら、それならそれで良いんだけど、神様はどっち周りで旅をしたの?


「え?」


今いる国は北西部、教会は南東部なんだからグルッとまわって旅をしたんでしょ?


「あぁ。

半時計周りで結果的に半周しましたね。

そんな事も書いてあるのですか。」


そう。

書いてあるんだ。

だからパクろうと思って。


僕も王国スタートで残りの半分を旅しようかと。


それなら教会の権威も落とさないし、僕の独立性も保たれる。

北を観に行けないのは残念だけど、どうせ認識できないならいいや。


「なるほど。

私の動きを模倣する修行という名目で王国を離れるのですね。」


そ。


というかこれしか道がない。


教会に飲み込まれないよう、教会を飲み込まない方法が少ないんだ。


どちらを選んでもいつか大きな戦争が起きる。

宗教が個人を立てるってのはそう言うもんなんだって、前世の歴史で学んでいるからね。


「そうですか。

私は貴方の行動を尊重しますよ。


それで、次の能力はなににしますか?」


靴ずれしにくくでもしてもらおうかな。


「ははっ。

では旅人の才能を与えましょう。


歩いても疲れにくく、知らないところでもよく寝られる程度のものですが。」


あ、いいねそれ。


神様も気になるでしょ?

自分の旅の続き。


「なりますね。

ま、私の子という事になっているので実質私が続きをやっているのと変わりません。


励みなさい、ラルフ。

見守っていますよ。」


という訳で王国から旅立った僕は初日から靴ずれを起こした。


…たしかに結果的に靴ずれしないなんて言ってなかったけどさ。

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