第115話 鏡

妃の護衛ことエリズさん。

彼女の手術が決まった。


もう少し気軽な薬の治験を頼みにいったら、その発展治療からスタートしちゃった。


医学の発展に犠牲はつきもの、とはいえ失敗を前提とする医者なんていない。


今回は傷跡を正常な位置まで削り、魔法で治してから薬を使用する。


魔法ってのは便利なもので、周りの遺伝子情報をコピーでもしているのかと思うほど馴染む。


しかし一度自己治癒が始まると、それを基準に治るためケロイドや傷跡ができる様だ。

よって綺麗な位置まで一度切り、周りの正常な皮膚を切れ目を入れながら引っ張り再生し、まだ足りなければ、また切れ目を入れながら引っ張り再生することを繰り返し、綺麗な皮膚をのばしていく。

前世にもあった美容形成術だ。

魔法があれば伸ばすのに切った傷跡は綺麗に治る。


誰かは治療法として試していると思ったんだけど、文献には残っていなかった。


近年まで戦争をしていたようだし、美容外科の発展も小児科と同じくらい遅れているのだろう。


ある種、心を癒すことの出来る治療だが、生きているだけで儲けものの時期がながかったのだ。


平和な時代に栄える技術をメインに修めてきたのだな、といまさらながら実感するよ。


全身麻酔はないようなので、目に無魔法の暗幕を張り見えなくして恐怖を煽る様なことがない様にする。

病状と処置の説明をして、あとはやるだけだ。

少し痛いだろうけど頑張ってね。



と、いうわけで手術次第は1時間足らずで完了し、薬の投与も終えたので後は体力の回復を待つだけだ。


顔は現在包帯で覆っているが、傷口自体は魔法で塞がっているし、感染症の心配はないため本当は包帯などいらない。


ただ大袈裟にしておかないと無理矢理仕事に戻ってしまいそうな雰囲気があったのでそうしているだけだった。


2日ほど意味なく包帯を取り替えて術後の確認をし、毛が生え始めたことも見られたので、ブランドさんを病室まで呼び、鏡を持って来て貰うことにした。


「鏡だな。

わかった。

ん?

この部屋は元々あっただろう。


あぁ、確かに騎士は表面上の傷が治れば任務に戻ってしまうな。


見れない様にしたわけだ。

なら、あの包帯も意味がないのか?


ははは。

そうか。


では今から持ってくるぞ。

ちょっと枠が豪華な鏡を借りてこよう。


エリザは元々も美人だったのでな。

飾りのない鏡だと鏡が負けてしまう。」


そうして運ばれて来た鏡と共に1人の女性がついて来た。


「ご機嫌よう。

ラルフちゃん。

夫から聞いているわよ。

面白そうな子供だって。


…今回はエリザのこと、ありがとう。

あの子ったら、自分の結婚より私の護衛を優先するんだもん心配だったのよ。


元に戻れば、周りが放っておかないでしょう?

あの子かわいいから。


そうなったら私がやっとお節介を掛けられるんだから。

楽しみよ。」


ブランドさんは鏡にとんでもない飾りをつけて来たようだ。

でもそうだね。

近衛なのだから、この陽気な妃様の隣で映えるのが一番だろう。


妃様は大きな鏡の後ろに隠れて動き、ギリギリまで出て来ないつもりの様子で、その表情は自分の姉妹と会う時の様だ。


鏡を設置する前に本人に許可を貰い、生えた髪を専門家に整えて貰った。

一度短く切り揃えたのだ。


僕の薬は7センチ程までは一気に伸びるがそれ以降は落ち着いてしまうので、そこからはまた自分で伸ばして貰おう。


ベリーショートと言っていいほど短くなったが、キチンと女性らしい、素敵な様相だ。


そうして包帯をとり、鏡を運び入れて貰う。


「見るのが怖いな。

いや、治らなくてもいいと思っていたが、いざ治るとなると何故か怖い。


そう言えば、怪我をしてから自分の姿を鏡で見る機会が減っていた気がするな。


思い出せるだろうか。

自分の顔を。」


鏡が運び込まれた時点で僕の仕事はお終いだ。


そのまま入れ違いに出て行った。

あとは自分の仕事ぶりを映す鏡と共に治療を喜んでくれたら嬉しい。


ドアの外で少し待っていると、運び入れた係の人の1人が僕に親指を立てて来た。


よかった。

中の2人は久しぶりに対面出来たのだろう。

前の様に罪悪感もなく、姉妹の様に。


僕も親指を立て返し、廊下を歩き始めると途中でブランドさんが待っていた。


「すまんな。

やっぱり妃様がついて来ちまった。

ま、大丈夫だろう。


俺は先に見ていたが、怪我をする前と違いが分からないほどだった。


ありがとな、ラルフ。

あの2人は仲が良くて、騎士たちの間でも癒しというか、なんというか。

微笑ましい関係だったんだ。


怪我をしてから皆が心配していたし、よかった。」


ニカっと笑うブランドさんは、団長なんだなって感じがするね。

周りを大事にしてるのだ、このおっさんは。


「今度多分お礼が行くと思うぞ。

要望があれば伝えておくが、なんかあるか?」


いや、ないよ。

お父さんがやってる医師団に予算付けて欲しいくらいかな。


「そうか。

ま、そうもいかないだろうから何かは行くだろうがな。


本当にありがとうな。」


そう言い残し去って行ったブランドさんの髪は後ろで結ばれていた。


多分なんだかんだ言って飲んだのだ。

薬を。

伸びたら切るのが勿体なくなったのだろう髪を、ピコっと小さく結んでいたのだ。


はは。


なんか、ハゲてた方が強そうだったな。

でも、名残惜しさのままこれからも切らずにいたら、ゴッツいムキムキでサラサラロン毛になってそれはそれで得体が知れなくて強そうだ。


せめてマンバンにしてあげよう。


あれは世の娘から不評な髪型だったらしいけど、この世界ではどうかな。

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