第81話 負ける気がしないんだけど

師匠には日課があって、必ず剣の練習と神への祈りを欠かさなかった。

ずっとそうして来たのであろう手の傷もそれを物語っていた。

ここに来る目的であった土魔法も同様に真剣に学んでいた。

感心するほど勤勉に過ごしていた。


私の色々な物語に影響された、チグハグなお姫様像を気味悪がることもなく、彼の知識でより深化させてくれたり、村人たちと他の国の恋愛観の齟齬を正してくれたり、ここに来て数日でこの村の未来を明るくしてくれた様に感じた。


まだ10歳やそこらの少年を心から尊敬してしまったので、師匠と呼ぶことにした。

彼はおそらくお姫様というものを教えたお礼の戯れだと思っているだろうが、そこではなく村長としての導くものとして敬意を評したのだ。


あの歳で良くあそこまで。


そう思わなければ子供相手に修練の手合わせなんて提案しなかった。

戦いのうちに彼の目的の土魔法の修練も進むし、闘う様子を見たかったのもある。


そして彼は期待以上だった。

戦闘力は互角とはいかないが、心が強くどうにかしてやろうと、工夫する姿は好ましかった。


しかし彼は笑ってしまう程に私の弱点を理解していた。

死魔法で自身の年齢を上げると、絶世の美青年であった。

そして私が教えた土魔法で白馬を生成し、馬の上から抱え上げられてしまった。

美しさに怯んでしまったのだ。


幼い頃から夢にまでみた状況に私の精神は持たずに、気を失った。

彼は私の弱点を、女を攻めて来たのだ。

感心するよ。


気絶から目が覚めると彼が居なかった。

今まで私がして来た様に、私に愛想を尽かしてしまったのかと思ったが、わからない。


村を探すついでに村人たちに見なかったかと聞いて回ったが見ていなかったようだ。

その際に決闘の結末を聞かれて、素直に負けたと答えると、村長が負けた悲しみより、みんなの師匠が勝ったことの喜びの方が強いようだった。


この様子だと、独占したくなった村人に拐われた線も薄いだろう。

一体どこへ行ってしまったのか、子供の身で。


翌朝、心配だからと探しにいこうと言う村人たちと話していると、空に爆発音が聴こえた。


私は急いで鳥を召喚すると空へと飛び立った。

どこから聴こえた爆発音かわからないが、音の元には心当たりがある。

師匠が作ったクマ爆弾と同系統、つまり師匠の魔法だ。


恐らく龍のねぐらの方だと思うが、はっきりとはわからない。

くそ、もう一度だけでも鳴ってくれないだろうか。


そう思う私の心を撫でる様に閃光が上がった。

昼に星が出たほどの光量。


あそこだ。

呼ばれている。


龍のねぐらの中か?


上からねぐらへと飛び込む私の目に映ったのは、蛇の様にうねりながら龍と彼を飲み込む大量というにはあまりに数が多い、剣の奔流だった。


「リナリーンか!

ボンが、ラルフが剣に飲まれた!

助け出すのを手伝ってくれ。」


…ペリン?

なぜペリンがここにいる。


「手伝え!

剣が刺さっていても不思議じゃ無いんだ!」


もうやってるよ!

土魔法で持ち上げて潰れない様にしてんだ!

早く剣を退けな!

あの子を助けられなかったら私があんたを同じ目に遭わせるからね!



ボワと剣の隙間から光が漏れる。

光はフワフワと漂い、リナリーンの中に吸い込まれていった。


その瞬間、剣の山が弾き飛んだ。


「助かったよリナリーン。

助けようと思ってくれてさ。」


師匠は変な魔法ばっかり達者だね。

あのクソ女と同じ呪属性じゃないか。


ま、生きてたんならなんでもいいさ。


「なんかさ、リナリーンに手伝って貰うのは悪いよなぁ。

ほら、お姫様は龍に囚われている側で、倒す側じゃないでしょ?」


ははっ。

こんな状況で何言ってるのさ。


バカ言ってんじゃ無いよ。

魔女は聖なる龍を滅ぼすもんさ。


その隣に勇者が居ることは無さそうだけど、今回は居るね。

ジジイになった勇者が。


負ける気がしないじゃないか。

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