第57話 茶番


いや、ダメでしょ。


相手が上段から斬り掛かったところで実力が分かってしまった。

相手の力量を確かめもせず、大振りする程度ということだ。


いつもの訓練に比べるとふわっと降ってくる剣を避けて肘に剣を合わせると、ベジェリンは剣を落としてしまった。


大慌てで剣を拾い、少し間合いを取り直すベジェリンに、ラルフは興味をなくしかけていた。


「え?

…終わらないの?

剣を落としたでしょ。

やろうと思えば何でもできたよ?

剣士が剣を落としたら負けでしょ。」


ラルフは普通に疑問だった。

いつもの訓練ではこんなもの見逃してもらえないし、見逃さない。

何だったら罠かと思うくらいだ。


「偶然うまいこと肘に当たったからと言って終わりだと思うなよ!

身も切れておらんわ!」


身も切れていないのは当然なことで、ラルフは木剣だし、魔法を通していなかった。

腕を切り落としてしまうので魔力を直前に抜いたのだ。

審判の方をチラッと見ても止める気がないようだ。


おお!

と雄叫びを上げながらベジェリンはまた振り下ろしてきた。


もう少し分かりやすく決着しないといけないのかな。


ラルフは剣を軽く受け止めると、手首を軸に剣を回し、くるんと巻き取りベジェリンから剣を奪ってしまった。


観客は流石に気づいた。

実力が違いすぎると。


しかしなおベジェリンは諦めずに素手で立ち向かってくる。


「くそ!なぜ当たらん!

なぜだ!」


ベジェリンは学園では強い方だった。

体格も良く、将来は剣術大会に出るだろうと言われていたし、事実あと3戦勝てば本戦というところまで来ていた。


しかしラルフは大会優勝者から、上手くやれば一本取れるレベルになっていたのだ。

3年間のイカれた努力と、真摯な祈りで鍛えられた加護のお陰で、ベジェリンの攻撃は止まって見えるようだった。


必死に腕を振る相手が何だか可哀想になって来た。

考えたらアンヌの方が大分強いぞ、これ。


よく見ると薄っすら涙目だ。


ベジェリンから奪った剣は真剣で、そこからも実力の程が伺えた。

この世界の熟練者は刃をつけない。

欠ける原因になるだけだし、どうせ魔力をこめるのであれば、金属部分を厚めに取っておいた方が金属を多く使えるからだ。

指向性を持たせるため多少角度はつけるが、こんなピンピンに研ぐ意味もないのだ。


ラルフはベジェリンの剣から手を離すと、木剣に魔力を込めてぶった斬った。

そうして木剣を腰に戻して、ベジェリンに相対し直した。


もう思いっきりぶん殴ることにしたのだ。


弱いものいじめしてるみたいに思えてきたが、あまりの諦めの悪さにイライラしてきた。


剣でやっちゃうと大変なことになりそうだし、素手でぶん殴ることにしたのだ。


腹にしておくか?


顔は可哀想だしな…。


「あの美しい女は!俺がもらうのだ!」


この後に及んで、そんな自分勝手な理由で諦めないベジェリンの顔面にラルフの拳がめり込んだ。


「アンヌを物扱いするなと言ったろ。」


ベジェリンはピクリとも動かず、殺ってしまったかと思ったが、大泣きしているだけのようだったので大丈夫そうだ。


「勝者!ラルフ!」


やっと勝ちを宣言されたラルフに、アンヌが飛び込んできた。


「よかった!ラルフ!

勝ってくれてありがとう!


…私がやってても勝てたかもね。」


うん。

僕もそう思うよ。


会場では拍手が起こっていた。

美しい剣士が美しい聖女を抱き留める絵は美しかった。


涙を流すものもいる。

しかしそれは大金を失ったことに対してで、試合の感動なんかは微塵もない展開だった。

感動の涙を流すのは、ここまで成長したラルフを溺愛しているジェマと達成感に満ち溢れているシャルルだけだ。


「さ、ラルフ様。

剣を掲げて下さい。

観客に応えなくてはなりません。」


審判に促されて剣を高く掲げると、歓声が響き、空からラルフへと光が降って来た。


うわ…!

これが祝福か…。

最悪だよ神様…。

こんな白けた試合でやめてよ…。


目を見開き、神職者達が立ち上がり、ジェマが頭を抱える。

彼らには神聖な光ということがわかったのだ。

真の聖騎士が誕生した!

神が祝福されていられる!

なんてなことを言う人もいる。


後者は正解なんだけど、ちょっとニュアンスが正しく伝わってないから静かにしてて!


万雷の中、我慢できなくなった聖職者の剣士の元団長、シャルルが一足で観客席から飛び降りて来た。


クソジジイは、良く通る低い声でおめでとう、我が孫とその伴侶となるものよ!と言った。


歓声は割れんばかりに響き渡り、会場が揺れて大きな拍手が鳴り続けている。


何故お父さんまで拍手しているのか…。

完全に雰囲気に呑まれちゃってるじゃない…!


「神からの祝福もあってめでたいな!

しかしなぁ、試合自体はあんまりな実力差だったので、観客も白けてしまっただろう。


でも安心して欲しい。

義孫の実力は私が直接確かめよう!


さぁ!やろうか!ラルフ!」


この妖怪が!

とんでもないことを言い出した。


アンヌの顔を見ろ!

無だ!

無だぞ!

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