第55話 会場が開場


さぁ、決闘だ。

いざゆかん!


なんてテンションにはどうしてもならないよね。


今朝は剣の練習も魔法の練習も休みにして、ゆっくりと準備運動をしていた。

朝ごはんも、いつものパンとスープの他に焼いた肉もあり少しだけボリュームがあった。


「頑張ってこいよ、ラルフ。

のまれんなよ、な!

後で応援に行くからな!」


とぺぺさんに見送られ、ララさんと会場へと向かった。

他の家族は先に会場に行っているそうだ。

なんだよー

楽しんじゃってさー。


「こっちの方にあんまり来たことがなかったよ、遠くからでっかい闘技場は見えていたけど、そういう地域なの?」


「さぁ…私もあんまり行かないからなぁ。

闘技大会でしか行ったことないよ。

でも場所は分かるから任せてね。」


ふーん。

ところで今日はどんなところでやるの?


「闘技大会の会場よ。

すっごいたくさん人が来るから王様が貸してくれたんだって。」


え?

あの遠くから見えてるあそこでやるの?

僕が?

前座とかかな。

メーンイベントが他にあるのだろう。

チャンピオン同士の戦いとか。


「他の戦いはないわよ?

師匠がいっぱい宣伝したんだってー」


…子供の決闘に来るなよ暇人どもめ。

お互いの家族が来るとかそのくらいの規模感だと思ってた…。

一気に帰りたくなって来たな…。

あとで話し合いで何とかならないだろうか。

ならないんだろうな。




闘技場へ着くと、お父さんが待っており選手用の入り口から控室へ通してくれた。


控室の外からはザワザワと音が聞こえており、30人や40人の喧騒ではなさそうなことが伝わってくる。


「クソ剣士が大物を呼びやがった。

…王が見てるぞ、ラルフ。」


天覧試合みたいなもの?

ぇえ?

子供の試合に?

王様も暇人なの?


「3年かけて喧伝し回ったらしい。

はぁ…。

前にも言ったがな、お前は神様によく似ているのだ。

大人になるまであまり、存在を公にするつもりはなかったのだが、もう仕方ないな。

存分にやりなさい。

楽しんでおいで。」


そうすることにするよ。

ありがとうお父さん。


さ、始まるまで神様に報告でもしながら瞑想でもしようかな。

まずは落ち着こう。






ラルフがどこか楽観的に待機している中、アンヌは別の控え室でため息をついていた。

なにがどうなって自分が景品になってしまったのか分からないが、これから戦いが始まるのだ。


その上、そんなに親しくもない聖騎士団長の息子がやって来たのだから余計ため息も出るというものだ。


「安心してくれ、アンヌ嬢。

今日、私が勝って貴女を自由にしてみせる。

いきなり婚約してくれとは言わぬ。

年も離れていて不安もあろう!

だが!

勝者に笑顔をくれる、それだけでいいのだ!

それだけで戦士は報われるのだ!」


この二十歳も過ぎたであろう男は本当に話を聞かなかった。

のしのしとアンヌの元へやって来て今までずっとこんな様子なのだ。


アンヌは、何か言う隙間もなく、はぁとかそう…の合槌くらいしか言葉を発していないが、どんどん盛り上がってしまっている。


そうして一人で喋っているかと思えば


「では!

私は!

試合があるので!

これで!失礼する!

また!後でお会いしましょう!」


と大きな声でのしのし出ていったのだった。


アンヌはほぼ初めての対面のあとから一つのことを考えていた。


…ラルフ君、頑張って!

超頑張って!


あの人が勝ったら結婚まで一度も話を聞かれないまま進んじゃう!


そう、彼の評価は地の底だったのだが更に下へと掘り始めているのであった。





観客席はなかなかの人だかりで、その人達は、魔法の大家サシュマジュクの孫と、現聖騎士団長の息子が、最近学園で聖女なんて呼ばれ始めたアンヌを取り合うというドラマチックなストーリーの結末を見に来たのだった。


という建前で実は賭けの興行にされていた。


人を集めれば色々と決着するだろうと考えたシャルルが王に提案し、面白がった王様が了承したせいだ。


現在、2:8で圧倒的にラルフが不人気だった。

少年が青年に女の子のために立ち向かうというストーリーは大好物でも、現実的に無理だろうと思われていたのだ。


「サシュマジュク様のお孫さんはまだ12歳くらいだろ?

団長様の息子は二十歳だぞ?

勝負になんのか?」


カルはここ最近、何度も何度も同僚たちから問われていてうんざりしていた。


「いや、だからよ、わかんねーんだって。

ラルフと練習はしてたけど、頻繁じゃないし、俺も横で団長にしばかれてたんだから。」


「それで?カルはどっちに賭けたんだ?」


「うるせーな、どっちでもいいだろ!

警備に戻るぞ!」



実はカルはラルフに賭けていた。

3年前は圧倒的に自分より弱かったラルフ。

しかし3年間の努力を知っているし、アレはちょっと常軌を逸してると思っていた。


そして、最後にみたラルフの訓練は、アンヌに攻め込まれながら、シーとティナから魔法を打ち込まれている様子だった。


3対1でややラルフが優勢だったのだ。


弟弟子のルーベンスに聞けば、ラルフ対ルーベンスでは、3回に1回はラルフが取れるようになって来ているらしい。

ちなみに団長には5回に1回くらいだ。


おいおい、天才ルーベンスと剣鬼ブランドから取るかよ。

…天才過ぎねぇ?

12歳だぜ?


いや、普通あんなに訓練しないし、アレを毎日毎日1000日ほど続けているのだ。


学園に通いながらの訓練で、あの剣と魔法以外削ぎ落としたような生活をしているラルフに勝てるわけないと思った。


ラルフを尊敬してきていたカルは、この興行が賭けの対象になると知ってから貯金を始めて、ほぼ全額ラルフに賭けていた。


この会場の中にいる人間全てで、アンヌの次にラルフの勝利を神に願っていた。

一撃に賭ける剣士らしい男、カル。

そう、彼はダメな大人なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る