ケンカをやめて

菊池昭仁

第1話

 会津日新館高校、3年A組のクラス会が東京汐留のロイヤルホテルのレストランで行われていた。


 「おお中西、おまえ、商社だったよな? 今は日本なのか?」

 「ああ、年明けにはロンドンに行くことが決まっただよ。沢村もロンドンのフライトの時には向こうで一杯やるべ」

 「おっ出たな会津弁、懐かしいなあ」

 「そうだべ、東京さ来ると、会津の言葉では話せねえけんじょ、ここには会津人しかいねえ。だからここでは会津弁が標準語だべ」

 「んだんだ」


 中西と沢村はそう言って笑った。



 学級委員長だった田所がマイクスタンドの前に立った。


 「みなさん、おばんです。

 ただいまより、会津日新館高校3年A組、東京同志会を始めます。

 みんな、乾杯の用意はいいべか?」

 「委員長、早くしねえとビールがぬるくなっちまうべ」

 「んだんだ」

 「わがった、でははじめっぺな、かんぱーい!」

 「かんぱーい!」



 クラス40名のうち、35名が出席していた。

 日新館高校は地元の進学校で、田舎ではあるが、毎年、東大に10名ほどの合格者を輩出していた優秀校である。

 集まっている連中も医者や弁護士、官僚に音楽家など、錚々そうそうたる顔ぶれだった。



 「五島、音大出て、今はオケでバイオリン弾いてるって聞いたけんじょ、すげえな、にしゃ(あなた)」

 「茨木君だって。国交省のキャリアなんだってね? おめでとう」

 「大学の時に一度会ったきりだったもんな。なんだって垢抜けして、すっかり都会のお嬢様だべした」

 「やめてよ、お嬢様だなんてー。

 茨木君もすっかり都会のイケメン君じゃないの」

 「ダメだダメだ、つい会津弁が出ちまうかんな。

 したっけ(そうすると)いつも笑われんだ、訛ってるって」


 五島と茨木は笑っていた。

 五島まりやは音大でバイオリンを学び、東京のオーケストラに入団してコンサート・ミストレスにまで昇格していた。

 茨木信一郎は東大法学部を出て国家公務員の上級試験に合格し、国土交通省で官僚として働いていた。


 そこへ寺西がやってきた。

 寺西守。彼は医学部を卒業して、心臓外科の研修医として医局に入り、研鑽を積んでいるところだった。

 高校の時からいつも冷静沈着でミスのない男だった。


 「なつかしいなあ? 茨木に五島、ふたりとも東京だったもんな?」

 「おめえもがんばったでねえの? お医者様だもんな、たいしたもんだべ」

 「医大の新米の医者なんて、ただのだよ」

 「寺西君は何科のお医者様なの?」

 「心臓だよ、具合が悪くなったらいつでも来いよ」

 「いやだわ、そんな心臓なんて重い病気。

 それに中西君に私のオッパイを見られるなんてもっと嫌。あはははは」

 「んだんだ、おらも医者になればよかったなあ、しかも産婦人科だべ、やるんなら。

 そうすればつまり、その、あれだべ・・・」

 「エッチな茨木君。そんなひとはお医者さんにはなれないわよ」

 「んだな? オラは役人の方がむいてる」



 酒宴は大いに盛り上がった。

 それから二次会、三次会へとクラス会は深夜にまで及んだ。


 三次会のスナックで、茨木が五島に囁くように言った。


 「今度、ふたりだけで会えねえべか?」

 「いいわよ、お食事くらいなら」

 「じゃあLINE、交換すっぺ」


 五島と茨木が携帯を操作しているのを見て、寺西もすぐにそれに加わった。


 「五島、俺にも連絡先、教えてくれよ」

 「うん、いいわよ、じゃあ中西君の番号を教えて、今、電話するから」


 寺西は五島に携帯番号を告げた。

 するとすぐに五島から着信が来た。


 「それが私の携帯番号よ、登録しておいてね」

 「うん」


 すると茨木が不機嫌そうに言った。


 「五島、寺西にまで教えることねえべした、俺だけの五島だべ」

 「だいぶ血中アルコール濃度が高いようだな? 茨木。

 恋はフェアにいかないと駄目だぜ」

 「よしわかった、オラも負けねえかんな」

 「望むところだ」

 「うふふ 子供みたい」


 その夜から茨木と寺西の五島まりや争奪戦が始まった。


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ケンカをやめて 菊池昭仁 @landfall0810

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