二章 協会潜行
第93話 リザルト
「そら見たことか。そら見たことか。そーら見たことか」
ニヤニヤと意地悪く笑いながら、まるで歌うように、真月が同じセリフを繰り返す。
両腕を広げて、それはそれは嬉しそうに。
「私は言ったよな? ああ言ったとも、確かに言った」
コツコツと小気味良くアスファルトを跳ね返る、編み上げブーツの硬い靴音。
軽やかな足取りで歩き回ったのち、俺の正面で立ち止まる。
「貴様に潜伏など無理だ、と。どうせすぐ自分から厄介に首を突っ込む羽目になる、と」
助け舟を求めるべく、ちらと伊澄に視線を送る。
病院への通報に集中して気付いていないフリをされた。薄情者め。
……もっとも、今回ばかりは真月に利があるのも確か。
俗に申し上げるところの、返す言葉もありません的な状況。
「しかしまあ、これは流石に想定外……いや、想定以上だったがなぁ?」
周囲へと視線を巡らせ、大仰に肩をすくめる真月。
鬼の首でも取ったような顔しやがって。腹立つなコイツ。
リオさんから聞いた恥ずかしい過去の出来事を大声で叫んでやろうか。
「三日だ。スリーデイズだ」
眼前に三本、吊り上げた口元から覗き見える牙と同様に尖った指先を突きつけられる。
窓ガラスくらいなら簡単に切断できるものを人に向けるなよ。危ない。
あと、なにゆえ英語で言い直した。賢さアピールのつもりなら逆効果だぞ。
「協会に籍を置き、僅か三日で、さっそく貴様はコトを起こした」
人差し指以外を折りたたみ、今度はぐるりと周りを指し示す。
似たような格好をした幾人もの魔剣士たちが、ピクリとも動かず横たわった惨状を。
「しかも、私とクロウが飲み物を買うために消えていた、ほんの数分の間にな」
〈きっかり三分くらいだったわね〉
おもむろに背後へと現れたジャンヌが合いの手を入れる。
半身と呼ぶべき相棒まで、この始末。俺に味方は居ないらしい。
「べん……べん……あー、と……べんてん」
「弁明」
「それだ。弁明があるなら、聞いてやらんでもないぞ?」
学歴未満の学力しかない分際で煽りやがって。
…………。
何を言っても言い訳に聞こえそうだから、正直ひとことも喋りたくない。
が、状況説明をしないワケにもいかん。腹を括るとしよう。
「……不可抗力だ」
「ほう?」
まずそのニヤニヤ笑いをやめろ。
「お前たちが離れてすぐ、こいつらが来て配達のトラックに絡み始めた」
車が邪魔で路地裏の道に入れないとかなんとか、そんな理由で。
「運転手を引きずり下ろそうとしたところで、やむを得ず止めに入った」
カラコンで瞳の色を偽装している俺は、対外的に見れば単なる新入りの魔剣使い。
そんな奴が仲裁を買って出たとて、場が収まるとは考えにくかったが、仕方なかった。
「あとは……たぶん、お前の想像する通りだ」
案の定、こいつらは激昂。
そこで適当に殴られてやれば済んだものを、つい癖で反射的に迎撃。
そのせいで収拾がつかなくなり、挙句の果てには魔剣まで抜かせてしまう始末。
ゆえにやむなく一瞬だけ
「魔剣躰術を徹底的に染み込ませた弊害だな。三下ムーブの練習もしとくべきだった」
〈やめて〉
結論。天獄街の治安、マジで悪すぎて笑う。
笑えねーよ。
「くくっ……と、個人的には痛快極まる話だが、生憎と笑ってばかりもいられない」
しっかりひとしきり笑ったのち、佇まいを直す真月。
人生楽しそうで羨ましい。
「八人だ」
「九人だが」
半ば死角で見えづらい位置取りだった一人を指差すと、無言で睨み返される。
逆ギレ、非常にカッコ悪い。
「……三人の魔剣士と、六人の魔剣憑き及び魔剣使いを、貴様はねじ伏せた」
しかも、と前置きしたのち、真月は自分の足元に横たわっていた魔剣士の肩を蹴る。
「あのクソッタレが率いる派閥の奴等を、だ」
似たような服装に加え、全員が付けている赤地の腕章。
そこに刺繍された紋章を見たジャンヌが、薄く眉間へとシワを寄せる。
〈ゴエティアの
ソロモン王が従えたとかいう七十二柱の悪魔か。つまり伊澄と同じ由来のやつだな。
暇な時にでも調べておこう。
「面倒な真似をしてくれたな」
ガシガシと頭を掻き、溜息を吐く真月。
もしかすると、マズい奴等に手を上げてしまったのかもしれない。
「こいつらは、協会内部の最大派閥に属する連中だ」
……どうやら、とびきりマズい奴等に手を上げてしまったらしい。
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