第91話 事件を起こす三日前
職員への事情説明に関する諸々は、意外とスムーズに片付いた。
なんなら、ほぼトントン拍子。半ば流れ作業。
取り立ててヘマもやらかさず、事務的な手続きを行うばかりだった。
離れ牢の年間発生件数と被災者の生還率を鑑みれば、俺のようなケースは相当レア。
だからこそ色々細かく突っ込まれると思っていただけに、ちょっと肩透かし。
……もっとも、改めて考えたら当然なのかもしれないが。
何せ協会の一般職員は普通の人間。
一方こちらは強大な戦闘能力を備える上、自制心の薄い者が多くを占める魔剣士。
万一にも不興を買えば、何をされるか分からない。
たとえ銃で武装しようが、分厚いアクリル板越しに対面しようが、全くの無意味。
そんな輩と膝を突き合わせる時間など、できる限り短く済ませたい筈。
或いは──いちいち新人に時間を割くのも面倒なほど入れ替わりが激しいのか。
…………。
「ああ、くそッ」
気を紛らわせるべく並べていた思考に、ノイズが奔る。
風呂上がりの乾燥肌を何倍も不快にしたような痒み。
苛立ち紛れの溜息と併せて悪態を吐き、喉笛を掻く。
つい先程、ゴツい首輪のような道具で彫られた、バーコードに似た模様の
識別紋。魔剣士であることを分かりやすく示す目印。
併せて後頭部に埋まった、数ミリのマイクロチップ。
この地下施設へと据えられたサーバーに位置情報を送るための
──鬱陶しい。
神経系に特化した
そいつが裏目に出た。
真皮まで染み込んだインク。体内に装着されたチップ。
そのどちらもが、絶えず異物感を訴えている。
地味に辛い。正直かなりのストレス。
カラコンも慣れるまで随分わずらわしかったが、少なくとも寝る時は外せた。
今後これに悩まされるかと思うと、頭が痛くなる。
せめて寝食の間だけでも、どうにかなってくれないものか。
「午後イチは戦闘服の採寸だったよな」
〈ええ〉
薄暗い螺旋階段を上りながら、痒みの誤魔化しも兼ねてジャンヌと予定を確認し合う。
意識しなければ肉が抉れるまで喉を掻きむしりかねないため、両手ともインポケット。
ちなみに他の奴等は、俺が書類やら何やらの記入事項を埋めてる間に居なくなってた。
薄情者どもめ。
「向こう何日かは、朝夕に
〈車を貸してもらえて良かったわね〉
「まったくだ」
泊まり込みという選択肢もあったが、できる限り家を空けたくないので却下。
それに、瞳と魔剣の偽装を筆頭としたフェイクを四六時中貫き通すのは非常に疲れる。
要らんボロを出す可能性は、少しでも抑えておくに越したことはない。
「
〈大丈夫よ。気にしないで〉
取り分け、右腕の扱いには用心しなければ。
制御そのものは気味が悪いほど容易くこなせたけれど、とかく得体の知れぬチカラだ。
ジャンヌからも、なるべく使用は控えた方がいいと繰り返し忠告を受けている。
「……腹減ったな。昼はどこで食べたい?」
〈ファミレス! ドリンクバーでコーラとメロンソーダ混ぜたい!〉
「意外と美味いよな、アレ」
さっき真月に語った通り、当面は大人しく過ごす予定。
悪目立ちする行為は、くれぐれも避けなければ。
まあ、大丈夫だとは思うが。
これでも結構、慎重な方だし。
〈慎重……?〉
ジャンヌよ、どうして首を傾げるんだ。
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