第90話 偽装工作


「随分変わった構造だな」


 エントランスの奥に設けられていた螺旋階段を下る。


 これまた薄暗く、しかも手すりさえ無い。

 うっかり足でも滑らせたら、いっぺんに転がり落ちてしまうだろう。


「地上部分は丸ごと吹き抜け。ただの箱じゃないか」


 単なるハリボテと呼ぶには、やたら頑丈だったが。


「元々はの時に使う場所だ。もっぱら暇な連中の溜まり場扱いだがな」

「あー、ほら。大抵の奴は頭に血が上ったら、ところ構わずだからさ」


 なるほど。






 真月曰く、協会本部の主要施設は、ほぼ地下に集約されているらしい。

 組織の発足当初は街中にあったが、何かと事故が絶えなかったため移設したとか。


 地下区画は、天獄街の三ヶ所に点在する。


 虚の剣の保管庫。

 魔剣憑き専用の特別居住区。


 そして、今俺たちが向かっている本部事務所。


「ヤタ。事務方どもへの説明は任せたぞ」

「もがもが」


 表向きの適当なカバーストーリーは、道中の車内で共有済み。

 いくつか上手く誤魔化せば、ひとまず面倒を避けられる。


「──来い」


 虚空に燐火を迸らせ、それを掴み、魔剣を引き抜く。


「……そいつは一体どうやってるんだ?」


 剣身が鏡のように磨き上げられた片手剣ショートソード

 ジャンヌ本来のカタチではない、第一段階だった時の姿。


「どうと言われてもな。だいぶ感覚的にやってるから、言葉にしづらい」

「フン……まあいい。弱くなる方法など知ったところで、一文の得にもならん」


 チカラの精微なコントロールを習得したことで可能となった、抜刀時の出力制限。

 かなり強引に抑え込んでるため、長時間保つのは難しいが。


 ともあれ、これなら協会職員の検分を受ける際、無用な騒ぎを招かなくて済む道理。


 何せ、つい先日に離れ牢で虚の剣を手に入れたという設定で通すつもりなのだ。

 にもかかわらず第二段階の魔剣など所有していれば、いくらなんでも怪しまれる。


「瞳の色も元に戻せれば完璧だったんだが」


 カラコンを外すタイミングに気を付けなければ。

 つまらないヘマでボロを出すのは、御免こうむる。


「チッ。力など誇示してこそだろうに、何故コソコソと隠す必要がある」

「しばらくは身を潜めるつもりだからな」


 まずは自分の目で、組織の実情を直に見ておきたい。

 そのためにも、十把一絡げの魔剣使いを装った方が色々と好都合。


「第一、悪目立ちは好きじゃない」


 どんな形であれ、人から注目を受けたり囲まれたりする生活は心身への疲労が溜まる。

 日々の安眠と快食を保つためにも、集団の端っこくらいに居るのが個人的にはベスト。


「……好きにしろ。ただ、ひとつ言わせてもらうぞ」


 なんじゃらほい。


「貴様に潜伏など無理だ。どうせすぐ自分から厄介に首を突っ込む羽目になる」


 ほう。

 真月のくせに、芯を食ったようなことを言ってくれるもんだ。


 だが生憎こちとら、己の立場を危ぶませてまで火事場に駆け寄るほど酔狂じゃない。

 周りから浮かないよう、立ち居振る舞いを弁える程度の堪え性もあると自負してる。






 …………。


 その筈だったんだが、なぁ。

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