第89話 強度序列六位


 ぽっかりと空いた出入り口。

 袴の上に羽織った金具だらけのコートを翻し、悠々と踏み込んで行く背中。


「酒呑童子」


 ブーツが奏でる硬い靴音と併せて虚空に迸る、蒼い水飛沫。

 それを掴み、魔剣を引き抜き、刃先で弧を描くように肩へと担ぐ。


 刃渡りだけでも五尺近い、異様な長刀。

 薄暗い屋内に妖しく浮かぶ、まだら模様の皆焼ひたつら


「ぐっ……なんだってんだ、一体……」

「ふざけたマネしやがって! どこのどいつだゴラァ!!」


 一階部分の大半を占める広さの割、やけに照明の少ないエントランス。

 大小様々な鉄片によって半壊した空間のそこかしこから、怒号が響く。


 ──二十人か。


 反響定位エコーロケーションで数と配置を把握。

 な内部構造に小首を傾げつつ、さっきまで扉があった敷居の手前で様子を窺う。

 目に少し魔力を集中させれば、暗がりでも昼間同然に見渡せる。


「……っ! ま……真月……!?」


 やがて闖入者の正体に気付いた一人が、引きつった声音で叫ぶ。

 そして瞬く間、その動揺は全体へと波及した。


「『白鬼』真月ユカリコ……」

「なんで奴が本部に……去年ので支部に飛ばされた筈だろ……」


 荒立っていた殺気が、見る見ると萎えて行く。

 代わりに場を満たし始めるのは、山道で猛獣とでも出くわしたような恐怖心。


「流石は序列一桁ってことか」


 実力主義の魔剣士協会において、その力量を分かりやすく示す強度序列の影響は絶大。

 そんな話を伊澄から聞いてはいたが、周囲の反応から察するに、想像以上である模様。


 …………。

 もっとも、序列の高さは必ずしもプラスに働くワケではないようだが。


「しばらく顔を出さんうちに、行儀の悪い奴が増えたようだな」


 固有の刀剣を携えた魔剣士が三人。

 強膜が黒く染まった魔剣憑きが二人。


 既に各々の得物を抜いた、計五人。

 エントランスの中心で立ち止まった真月を取り囲み、体表にて魔力を揺らめかせる。


「ひひっ……飛んで火に入る夏の虫たぁ、このこと」

「派閥に属してねぇ唯一のヒトケタ……てめぇの数字が欲しい奴はゴマンと居る……!」


 なるほど。自分よりも上の魔剣士を打ちのめせば、序列が入れ替わるシステムか。


〈なんて野蛮な組織なの〉


 ──まったくだ。


「お前たち、ビビってんじゃねぇ! 六位と言っても、所詮は都落ちだぞ!」

「一年近く支部ざつように回されてんだ、相当ウデも落ちてる! このチャンスを逃すな!」


 そんな鼓舞に乗せられ、及び腰だった他の面子も、次々と魔剣を抜く。


 ──二十対一、か。


「もらったァッ!!」


 真月の後方に回っていたタルワール持ちの魔剣士が、一直線に迫る。


 ──せめて、あと十倍は頭数が欲しいところだな。


「遅い上に隙だらけ。よく今日まで生き延びてこられたな」


 に入った瞬間、真っ二つに断たれた胴。

 勢い余り、ごろごろと瓦礫だらけの床を転がる上半身と下半身。


 やり過ぎ……と言いたいところだが、あの程度で魔剣士は死なない。

 断面も非常に鋭利。あれなら簡単に接合できる筈。

 

 ……身体強化エクストラを高出力で発動させている間は、だが。


「どうした貴様ら、早く来い。絶好のチャンスなのだろう?」


 ちょいちょいと手招きする真月だが、誰も続こうとはしなかった。


 当然と言えば当然の話。

 今し方に斬り裂かれたのは、曲がりなりにも第二段階へと到達した魔剣士。

 すなわち、最低でも協会内で上位二割以上に位置する存在。


 それが一合すら交えられず、あのザマ。

 浮き足立ちかけていた空気をいっぺんに凍らせるには、十分な光景。


「そうか。シラフでは踊れないか。なら一杯奢ってやる」


 足元に突き立てられる長刀。


 次いで刀身へと、の魔力が渦巻き始める。


「ッ……や、やべぇ、逃げ──」


 人間の魔力は一様に蒼く、天使や聖人の魔力は一様に黒い。


 ゆえに魔剣士が蒼以外の魔力を帯びるのは、自身が宿す悪魔のチカラを引き出す時だけ。


 そして真月の魔剣、酒呑童子の固有能力は『毒酒』。

 水の性質を持つ暴食グラトンの魔力に、毒性と酒精を与えるもの。


「『ナカサカズキ神便鬼毒酒ジンベンキドクシュ』」


 長刀を起点に八方へと押し寄せる波濤。

 エントランスを覆い尽くすまで、三秒とかからなかった。


「心配するな。問答無用の致死毒ではない。しばし前線を離れ、私は少し温厚になった」


 甘ったるい匂いを放つ毒酒に膝まで浸からせながら、真月が淡々と呟く。


「五日五夜、激痛と呼吸困難に苦しむだけの、優しい優しい神経毒だ」


 喉が裂けんばかりの悲鳴を上げ、泡を吐き、白目を剥いて倒れる魔剣士たち。


「あ、はい……ええ、取り敢えず二十人……」


 ふと後ろを振り返ると、病院に連絡を入れている伊澄の姿。

 が日常なのかと視線で尋ねてみたところ、憮然と頷かれる。


 ……ここでやって行けるか、ちょっと自信なくなってきた。

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