第88話 日本一治安の悪い街


「くぁ……」


 時折差し込む眠気と戦いながら運転を続けること、およそ一時間。

 欠伸を噛み殺し、ひと息入れる。


「到着、と」


 富士山跡地の一角。

 白い巨塔の根本に築かれた街。


 俺にとっては二度目の来訪となる、天獄街。


「このまま中央通りを行けばいいのか?」

「ああ。だがクルマはここまでにしておけ」


 なにゆえ。


「街の奥はだ。こんな目立つモノで乗り付けたら、バカ共に絡まれるぞ」

「なるほど」


 借り物に傷とか勘弁だし、そうするか。


「ひ、ひいぃ……わ、わわ、私、や、やっぱり、残る……こ、ここに住むぅ……!」


 身体を丸めてシートにしがみつく八田谷田。

 パンクな外見とのギャップが凄いんだよな。


 なお、真月の手によって無理やり引きずられ、再び袋詰めされたのは言うまでもない。






「もご、もがごごご、もごっご」

「八田谷田さん、なんて?」

「袋の中は意外と落ち着くってさ」


 もぞもぞ蠢めくズタ袋を担いだ真月を先頭に、伊澄と並んで歩く。

 傍目から見ると、完全に事案。


 しかしながら、道行く人々のリアクションは薄い。

 外では異常な光景も、天獄街ここでは大抵が日常茶飯事なのだろう。


 それでも時折視線を感じるけれど、関わり合いを避けたいのか、すぐ逸らされる。


 多くの一般人が魔剣士という存在をどう見ているのか、分かりやすく表していた。


「もごもご、もごご」

「真月。朝飯をくれと言ってるぞ」

「チッ」


 舌打ちと共に袋の中へ突っ込まれるシリアルバー。


 八田谷田は放っておくとジャンクフードしか食べないほどの偏食家。

 そのため、不摂生を良しとしない真月が日々の三食を管理しているとか。

 けっこう意外な一面。


「もがもが」

「お代わり、だとさ」

「もう無い」


 抗議のつもりか、じたばた暴れるズタ袋。

 細身の割に健啖家だよな。






 通りを進むにつれ、段々と周りの空気がよどんで行く。


 天使の坩堝るつぼたる天獄に近付いているから、というのも多少あるかもしれない。


 が。やはり一番の原因は、街そのものだろう。


 より正しくは、街の住人、か。


「酷いもんだろ」


 肩をすくめた伊澄の呟きに、無言で頷く。


 建物も信号機も標識も、大抵どこか壊れている。

 とても数年前に造られたばかりのニュータウンとは思えない。


 加えて、そこかしこの壁や道路には、飛び散った血痕の拭き残し。

 まだロクに乾いていないものも、チラホラ見受けられた。


「先週来た時は、あそこで殺し合いじみた喧嘩があったんだ」


 伊澄が指差す先には、ほぼ一面に蜘蛛の巣状の亀裂が伝ったビル。


 数秒だけ身体強化エクストラを発動させると、未だ濃く漂う血臭。

 こうも事後処理が杜撰なのは、頻繁に似たようなことが起きている証拠。


「ン?」


 ふと、遠くから響いた怒号が、微かに耳朶を引っ掻いた。


 次いで、トラックの衝突を想起させるような激しい破砕音。

 どこかで魔剣士が暴れてるらしい。


「ッ……悪い、ちょっと行って──」

「やめておけ。首を突っ込んでる間に、別の場所で別の騒ぎが始まるだけだ」


 駆け出そうとした伊澄の襟首を掴み、制止する真月。


「私も天獄街ここには、あまり長居したくない」


 バカばかりで不愉快だからな、と吐き捨てられる。


「さっさと用を済ませて帰るぞ。それとも下らん諍いに私たちまで巻き込む気か?」

「…………ああ。分かった」






 マンションや戸建てなどの居住施設が固まったエリア。

 その中心部。異彩を放つ建物の前で、真月が足を止める。


「直接顔を出すのは久しぶりだな」


 正面に据えられた、分厚く巨大な鉄扉。

 他には扉どころか窓ひとつ見当たらない、十階建てほどの高さを持つ長方形。


 ──ここが、魔剣士協会の本部か。


〈かなりの数が中に居るわね〉


 背後で囁くジャンヌに、言葉の仔細を聞き返すまでもなかった。


 少なくとも十人以上。

 それほどに色濃く、悪魔の気配を感じる。


「よし。久しぶりついでだ、ひとつ挨拶でもくれてやるか」


 何を思い付いたのか、口の端を吊り上げ、凶暴に笑う真月。

 鋭く尖った牙の並ぶ歯列が、ちろりと舌先で舐め上げられる。


「もがっ!?」


 ズタ袋in八田谷田を足元に投げ捨て、身体強化エクストラを発動。

 軽く伸びをしながら、鉄扉の前に立つ。


 そして──思いっきり、それを蹴り壊した。


 魔剣躰術を修めたことで、以前よりも飛躍的に最適化されたフォーム。

 そこへ更に、最大出力での身体強化エクストラと足先からの魔力放出を加えた一蹴。


 もはや打撃の域を通り越した、局所的な爆撃にも等しい威力。

 戦車砲を受けてすらビクともしないだろう厚さの鉄扉を、ビスケット同然に破壊する。


「ハッ。少し丁寧になり過ぎたか?」


 蹴り足を真っ直ぐ伸ばしたまま紡がれる、さも愉快げな語調。

 ガチで一発入れておいて、なんとも白々しい。


 ──アイツが支部に左遷された理由、なんとなく分かったわ。


〈ね〉

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