第87話 四人パーティ


 重い足取りでブレーキを踏み、第五支部の事務所が入った雑居ビル前で車を停める。


 自動ドア横の壁に寄りかかって待つ真月の姿を見つけ、クラクションを鳴らした。


「──遅い! いま何時だと思ってる!」


 寄って来るや否やの開口一番。

 朝も早くから元気なもんだ。


 ちなみに現在時刻は集合予定の二分前。

 つまり怒鳴られるいわれは無い。


「三十分前行動が社会人の基本だぞ! この非常識め!」


 ブラック企業の管理職みたいなことを仰る。


「……もう少し早く着くつもりだったが、途中の道が玉突き事故で塞がっててな」

「そんなモノ理由になるか! 脇にでも蹴り飛ばせば片付くだろう!?」


 気だるく返すと、だいぶ無茶苦茶を言い始めた。

 いやまあ確かに、やろうと思えば十トントラックでも大型バスでも蹴り飛ばせるけど。


 ……ともあれ、この理不尽女王に正論を説いたところで、それこそ時間の無駄。

 大抵、声のデカさと勢いで押し切られてしまう。


 しかもこちとら昨晩、姉貴を宥めるために多大な労力を費やしたばかりの身。

 あれほどの修羅場は、両親の葬儀後に俺が自身の施設行きを提案した時以来だ。


 お陰で寝不足気味。

 とてもじゃないが、真月と言い争う気力など湧かない。


「くかー」


 無理やり付き合わせた伊澄も、後部座席で撃沈してるし。






「にしても、なかなか良いクルマだな」


 ひとしきり喚いてスッキリしたらしい真月が、ボンネットを撫でる。

 こういう奴は人生楽しそうで、ちょっとだけ羨ましい。


「貴様のか?」

「まさか」


 リオさんからの借り物だよ。

 ラメ入りパープルとか、ちょっと派手すぎて趣味に合わん。


 ついでに価格は驚きの四桁万円。

 今の俺なら買えなくはないが、そこまで金を出すほど車に対するこだわりは無い。


「ちょっと運転させろ」

「……念のため聞くが、免許は?」

「持ってない」


 じゃあ駄目に決まってるだろ。

 そう答える代わりに助手席を指差すと、舌打ちを返された。


「細かいことを気にする男だな」


 免許の有無を細かいことにカテゴライズするのは、流石にどうかと。


「まあいい。少し待っていろ」


 忘れ物でもしたのか、肩掛けに羽織ったコートを翻し、ビル内に入って行く真月。


 そして数分後。

 激しく暴れる人間サイズのズタ袋を担ぎ、戻ってきた。






「な、なななな、なん、で、わた、わたし、までっ」


 寝息を立てる伊澄の隣に放り込まれたズタ袋。

 口の結び目が解かれると、恐る恐る顔だけ出した八田谷田。


「本部に行くんだ。頭数を揃えなければ舐められる」


 古の暴走族みたいなことを仰る。

 発想がほとんどヤンキー。


「じゃあっ、うる、う、ウルハちゃん、でもっ」

「黒総とは昨日から連絡がつかん。あのバカ、どこをほっつき歩いてるのやら」

「い、いいい、行きたく、ないっ」

「黙れ出不精。出向くついでに日頃のサボりをチクっても構わんのだぞ」

「ひぃん……」


 高速道路を走らせる中、ほぼエンジン音の聞こえない車内で交わされるやり取り。

 割と助かる。あんまり静かだと眠くなりそうだし。


 ……そう言えば。


「なんやかんや、黒総ってのとは一度も顔を合わせなかったな」


 第五支部に所属する三人の魔剣士の一人、黒総くろふせウルハ。

 けれど妙なニアミスが重なって、今日に至るまで一面識も得ていない相手。


 ……その筈なのだが。


「待て。黒総からは、貴様とは何度も会っていると聞いたぞ」


 助手席で怪訝そうに首を傾げる真月。


「わ……私、もっ……先週、クレープ……い、一緒に、た、食べた、って……」


 目を泳がせつつ、トーンの安定しない声音で呟く八田谷田。

 生憎そんな記憶は微塵も無い。


 俺が首を振ると、認識の食い違いを察したのか、二人の頭上に疑問符が浮かぶ。


「……どういうことだ?」

「さ、ささ、さあ……で、でも、ホラ……う、ウルハちゃん、ちょっと、アレだし……」

「確かに。いや、ちょっとどころではないだろう。相当アレだぞ」


 …………。

 なんか少し怖くなってきた。

 あまり深く考えないでおこう。

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