二部 協会編
一章 協会来訪
第83話 百五十日目
激しく水の流れる音が、背後から響く。
耳を頼りに身構えれば、眼前まで迫った長刀。
回避を選ぶには、コンマ三秒遅い。
咄嗟に左掌で切っ尖を逸らす。
「ッ」
振り下ろされた刃先を弾くと同時、半歩分、身体ごと後ろへと押し込まれる。
加えて、微かな痛み。
薄皮一枚を裂いた切創から滲んだ血が、掌に赤い線を引いていた。
……流石に力負けするか。
魔力を集中させる時間も足りなかったな。
「まぁだまだッ!」
再び流水の音。
円の軌跡を描き、逆サイドへと回り込まれる。
脚を一切捌いていない、そのまま床を滑るような、ひどく先読みし辛い動き。
否。実際問題、真月は滑走によって移動している。
──俺の思いつきとは言え、なかなか厄介な
「そぉら!!」
腰の据わった一刀。
滑走の勢いも乗せられた、重く鋭い斬撃。
今度は右掌で防ぐ。
けれど、体勢が崩れかけたところに打ち込まれたため、たたらを踏む。
そこへ間髪容れず、みぞおちへの膝蹴りが突き刺さった。
「ッ……」
打点に魔力を集めることでダメージ自体は免れたが、地を離れる足先。
四半秒、身動きが取れなくなった。
その隙に顔面を掴まれ、後頭部をコンクリの床へと叩き付けられる。
「────」
もっとも、
精々、ひっくり返されて視界が回るくらいか。
などと考えていたところ、首筋に添わる魔剣の刃。
疲労か、或いは高揚で息を切らせた真月が、ギラついた目で俺を見下ろす。
「…………くひっ」
しばし間を挟んだ後、そんな声、いや音が漏れ出る。
「きひっ、ひひっ、ひひァはははははははははキキキキキッ!!」
笑い方ヤバいって。美人が台無し。
せっかくの数少ない取り柄なのに。
「苦節四ヶ月余り! その間、貴様に何度しん……しん……しんたん?」
「辛酸」
「……何度シンサンを舐めさせられたか!」
無理に難しい単語を使おうとするなよ。
中卒とかの学歴以前の話、そもそも頭の出来そのものが、ちょっとアレなんだから。
「だが、そんな屈辱の日々も終わりだ! ついに貴様を組み伏せてやった!」
だだっ広い地下運動場に響く、万感の篭った叫び。
こっそり手足を動かそうとしたら、喉笛に薄く刃先が食い込んだ。
「動くな! 何もするな! あの鬱陶しい銀色の炎は使わせないぞ!」
浮かれていると思いきや、警戒は怠っていなかった模様。
なら。
「真月」
「はっはっは、なんだ降参か? だったら「ボクの負けですユカリコ様」と大声で──」
左目に魔力を集中させ、蒼炎を灯す。
そして。それを放出した。
「へ?」
視線をなぞり、直進する熱線。
火炎の性質を持つ
「みッ」
想定外の不意打ちに対処が遅れ、額へと直撃を受ける真月。
頭蓋を貫くほどの威力は篭めていないが、衝撃は相当。
盛大にのけぞり、今度は自分が床を転がる羽目に。
そのまま十メートルほど慣性に引きずられた末、勢いは止まった。
手足を大の字に広げた仰向け状態で、頭上にヒヨコを飛ばし始める。
「……惜しかったな。つくづく詰めが甘い」
呟き混じりに立ち上がりつつ、指を鳴らす。
「お前に魔力放出のやり方を教えたのは、誰だと思ってるんだ」
一瞬、体表を覆う銀炎。
服の汚れだけを消滅させ、かき消える。
「まあ、漫画読みながらテキトーに思いついたことを試しただけだがな」
〈能力バトルものとか、参考資料に最適よね〉
背後に現れたジャンヌが、耳元でクスクスと笑う。
まったくだ。
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