第82話 閑・深く蠢めくもの


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〈おーやおや。おやおやおやおや、おや〉


 高度およそ千五百メートル。

 街を見下ろす遥か上空にて、鳥とも蟲とも異なる羽ばたきの音が、等間隔に鳴り渡る。


〈いけませんねぇ。いけない、いけない、いただけない〉


 羽ばたきと合わさって響く、男女の二色が混ざった声。

 それを発するのは、一体の悪魔。


天使は精々百そこら。数ヶ月を費やした仕込みの結果が、このザマとは〉


 白翼を持つ女性の右半身。

 黒翼を持つ男性の左半身。


 雌雄同体とも異なる、奇妙な見目姿。


〈こんなものじゃあ、足りない足りない。とてもとても〉


 やれやれと両腕を広げ、かぶりを振る悪魔。


 ──その隣で、宙空に足をつけて立つ背広姿の男が、おもむろに口を開いた。


「そう悲観ばかりすることもない」


 天獄と外界を繋げるという目論見自体は成功した。

 あとはこれを、より大規模で引き起こせばいいだけの話。


の目星もついている。しかも、そのチカラを十全に引き出せる宿主付きでな」

〈おお然り。実に幸い。アレは拾い物でしたなぁ〉


 天獄を呼び寄せるための仕込み、空間を不安定化させる作業。

 その副産物として頻発した離れ牢の中に混ざっていた、とある魔剣。


「お前と同じ聖魔を併せた存在。気長に探すつもりだったが、こうも早く見付かるとは」

〈何やら有様になっていますがねぇ。すぐには使えそうにない〉


 構わん、と男が返す。


「どのみち当面は再び地下に潜る。足踏みは性に合わんがな」

〈いやはや、仕方ありませんとも。変革には手間暇をかけなければ〉

「分かっている」


 無理にいて仕損じるなど、愚の骨頂。


「これまた幸いにも、時間ならある」


 そう言って、男は懐から小さな薬瓶を取り出し、勢い良く中身を呷る。


 直後。五十がらみの壮年であった彼の姿は、一気に二十歳ほども若返った。


「また補充しておかなければな」

〈飲み過ぎは厳禁ですよぉ?〉


 男の右目に集められた魔力が、蒼い風となって渦巻く。

 その視線が向かう先は、遠く離れた地上。


「……下らん。実に下らん」


 市街地の一角。駅前の大通り。

 天使相手に魔剣を振るい、背後の民間人を守る青年の姿に、男は眉をひそめた。


こそが衰退の体現だと、何故分からん」


 乱雑に放り捨てられる空き瓶。

 男は地上から視線を切った後、今度は全身へと蒼風を渦巻かせる。


「変えねばならん。正さねばならん」


 風に紛れ、薄れ行く輪郭。


「そのためにも」


 そして。完全に消え去る間際。

 誰ともなく、男は吐き捨てた。






「──この国は、一度死なねばならんのだ」

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