第81話 ひとまずの落着


「……これは、一体……」


 目覚めて数秒。

 ぼんやり天井を見上げていた俺は、浮ついた意識が覚めるにつれて、を思い出す。


 跳ね起き、床に刺さった魔剣を掴み、身構えつつ周囲を確認する。


 そこでようやく、最後の記憶から随分と様変わりした病室の惨状に気が付いた。


〈ジンヤ。大丈夫?〉

「ああ……」


 どうなってる。

 まるで消火後の火災現場だ。


 ──それだけじゃない。


 腹に手を添える。


 盛大にブチ抜かれたバレーボールほどの穴が、ひどく焼け焦げた学ラン以外は元通り。

 身体強化エクストラの全リソースを使っても、治すには何日もかかりそうな重傷だったってのに。


「何があったんだ」

〈……さあ。貴方が気を失ってる間は、私も表の様子は分からないし〉


 あの聖人の姿も見当たらない。

 立ち去ったのか、或いはあちこちで散らかるボロ炭のどれかがそうなのか。


 拳を壁に打ち付け、歯噛みする。

 奴にはなんとしても、俺自身の手で落とし前をつけなければ気が済まな──


「ッ! そうだ、姉貴!」


 改めて病室内を見渡す。

 何もかも、燃えてしまっている。


 最悪の想像が頭をよぎり、血の気が引くのを感じた。


〈落ち着いて。キリカなら、たぶん大丈夫よ〉


 吐き気と目眩に膝を折りかけたところで、そんなジャンヌの言葉が頭蓋に染みる。


 脳髄を巡る身体強化エクストラによって思考が冷え、持ち直す精神。

 深く呼吸を繰り返しながら、手中の魔剣へと視線を落とす。


〈さっき貴方が見たものは、ヴラドが餌場に獲物をおびき寄せるための罠〉


 つまるところ、俺は姉貴の幻影を見せられていただけ。

 そう言われ、あの光景を思い返してみれば、確かに妙だった。


 他の死体は先程の俺と同じように串刺し。

 にも関わらず、姉貴だけは大きな傷も無い状態で床に倒れていた。


 納得と併せて、今度は安堵による脱力で膝をつく。


 その直後。辛うじて無事だった懐のスマホが、着信音を鳴らし始める。


 引っ張り出すと、画面には『姉貴』の二文字が表示されていた。






「……ああ。こっちは特に何も起こってない」


 電話口から聞こえる、震えを帯びた声。

 反対に俺は、肩の荷が降りる思いだった。


「ん……分かった。用意ができたら、すぐ行く」


 通話を切り、スマホをポケットに放り込む。


 黒焦げの天井を仰ぎ、ゆっくりと、肺の中の空気を残らず吐き出した。


「……姉貴は無事だ。今、避難所に向かってる」

〈そう。良かったわね〉


 まったくだ。

 本当に、生きた心地がしなかった。


〈てか、先に連絡して安否確認すれば済んだ話じゃない?〉

「…………」


 まったくだ。普通なら考えるまでもなく思い付くだろうに。

 よほど取り乱していたらしい。外付けの鎮静化すら追い付かないくらいに。


「ともあれ、憂いは消えた」


 あとは、天使どもを残らず駆逐するだけ。


〈身体は?〉

「問題無い。いっそ気味が悪いほど快調だ」


 一体でも病院の外に逃がせば、厄介なことになる。

 色々と疑問は尽きないが、ひとまず全て脇に置いておこう。


「秒で片付けるぞ」

〈……ん。了解〉

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