第80話 いかれる まじょ


 ルールを外れた二本目の魔剣を引き抜くと同時、ぷつりと途切れたジンヤの意識。


 その失神とほぼ入れ替わりのタイミングで、彼の肢体を中心に噴き上がった黒炎。

 半壊した病室内を這い回り、瞬く間に覆い尽くす。


〈Hoooo〉


 押し寄せる炎に呑まれる間際、無数の杭を張り巡らせ、分厚い壁を築く聖人ヴラド。


 一本一本が建材用の鉄骨をも上回る強度。

 加えて本体が纏う、中位天使最高クラス相当の出力を持つ常夜外套。


 クラスター爆弾に匹敵する威力の魔剣技アーツさえ跳ね除けるだろう、鉄壁の防御。

 これを正面きって突破できる魔剣士は、恐らく協会にも十人と居ない。


 が──黒炎は、まるで薄紙でも燃やすかのように、一瞬で全ての杭を消し炭に変えた。


 そして間髪容れず、ヴラドへと牙を剥く。


〈Hoooooooo──〉


 低くしゃがれた断末魔。

 倒れる猶予さえ与えられず、街ひとつ滅ぼせるチカラを持った怪物は、塵と化した。






 ──レイジング・ウィッチ。


 裏切りと理不尽が産んだ憎悪の化身。

 全てを奪われ、魔女という烙印だけが残った、の悪魔。


 系統は憤怒ラース

 固有能力は『業火ヘル』。


 魔剣ジャンヌ・ダルクの銀炎──聖炎ウェスタと表裏をなすチカラ。


 万物を魔力へと分解する形で消滅させ、自らのものとして奪い取るのが聖炎ウェスタ

 ただし、おおむね還元よりも消耗の方が大きい。


 一方で業火ヘルが薪とするのは、使用者自身。

 憎悪を種火に命をすり減らし、いかなる敵対者をも滅ぼすべく、無尽蔵の火力を生む。


 最後には何も残らない、略奪の銀炎。

 ただ激情のまま振るわれる、憤怒の黒炎。


 本来ならあり得ない、二刀一対の魔剣。


 …………。


 否。

 彼女たちは、決して対の存在などではない。






 ヴラドを燃やし尽くした後、黒炎は渦を巻き、一点に向けて収斂し始めた。


 ──レイジング・ウィッチは、定まった形を持たない魔剣である。


 黒炎そのものが本体。

 重ねて、ジャンヌ・ダルクとしており、チカラの多寡は常に等しい。


 すなわち、ジャンヌが第二段階の魔剣として在る限り、ウィッチもまた同じ。

 虚の剣の封印を解けば、その瞬間から本来のチカラを表出させる道理。

 

 ゆえにこそウィッチを手にした者たちは、ことごとく焼け死んだ。


 当然の帰結。

 融合直後の馴染んでいない状態で、命を削る炎の負荷になど、耐えられるワケがない。


〈…………あァ、あ……〉


 蒐まった炎が、やがてヒトガタを模る。


 辛うじて女性だと判別できる程度の、粗雑なシルエット。


〈ジャ……ク……〉


 視線の向かう先は、床に突き立ったフランベルジュ。

 腕を模した部位を伸ばし、にじり寄る。


〈返せ……〉


 爆ぜる火花に混じった、ノイズだらけの声。


〈かえ、せ……〉


 微かな、けれども深い怒りに満ちた音色。


〈私……〉


 ふと、急速に火勢が衰える。

 併せて、動きも錆び付いて行く。


〈私、の〉


 魔剣と宿主は一心同体。

 宿主が意識を欠いた状態で、強引にチカラを使ったツケ。


 それでも、どうにか、あと半歩まで迫る。


〈私の……!〉


 けれど。その半歩が、届かなかった。


〈な──〉


 ヒトガタを維持できず、崩れる黒炎。

 そのまま散り散りに裂け、かき消えて行くレイジング・ウィッチ。


〈──ああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ〉


 鳴り渡る無念の叫び。

 やがて。燃えカスだけが、そこに残った。






 いっぺんに静まり返った、焼け焦げた病室。

 しばしの間、沈黙が周囲を包み込む。


 変化が訪れたのは、数十秒ほど過ぎた頃のこと。


「……ッ」


 自身を貫く杭が炭化し、床へと投げ出されたジンヤ。


 焼けただれた腹の孔。

 そこに僅かな黒炎が灯り、音を立てて塞がり始める。


 さながら映像を逆再生するかの如く、空洞を埋め立てる骨肉。


 自己治癒能力の域を超えた、異様な光景。

 生命をリソースとした、強制的な復元。


 最後に真新しい皮膚が張り、完全に癒える傷口。


 それから、一拍。


「ぅ……あ」


 微かな呻き声。

 ジンヤの瞼が、ゆっくりと開かれた。

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