第79話 残影との対話


 …………。


 はたと我に返る。

 気付けば俺は、いつの間にか、激しく立ち昇る火柱の前に立っていた。


「ここは……」


 周囲を見渡せば、明らかに日本ではない、やたらと古めかしいつくりの広場。


 その四方を囲み、ゆらゆらと揺らめく、ヒトガタたちの輪。


「魔剣の、内側……?」


 以前にも一度だけ見たことのある風景。

 確か、初めて魔剣の悪魔ジャンヌと会って話した時。


〈──サイテーな景色でしょう?〉


 ふと、炎の爆ぜる音に混ざって響く、聞き知った声。


 頭蓋へと鳴り渡る声音に、妙な違和感を覚えながらも、振り返る。


〈どうせ死ぬなら、もっとマシな場所が良かったわ〉


 俺と火柱の間に立つ、ジャンヌの姿。


 けれど。普段のそれとは、随分かけ離れた風体だった。


〈ひさしぶり。に割り込まれて以来、かしら〉

「?」


 長い金髪ではなく、薄汚れた短い黒髪。

 鎧を帯びず、粗末な服を纏い、両手には木製のかせ


〈……直前の記憶はトんでるみたいね。よっぽど怒り慣れてないワケ?〉


 小首を傾げつつ、呟かれる。

 そこでようやく、ここへ来る理由となった筈の出来事を覚えていないことに気付いた。


「一体、何が──ああ、いや、待った」


 学ランのポケットに突っ込んであったウェットシートを出す。


〈ッ──〉

「じっとしてろ」


 せめて顔くらいはと思い、煤や土埃を拭き取る。

 なんでこんなに汚れてるんだ。


〈…………〉


 されるがまま、何故かひどく驚き、戸惑った様子で俺を見上げるジャンヌ。


〈……そう。なるほど〉


 ひとしきり拭い終えた頃、ぎゅっと手を掴まれた。


〈アレは、、私から奪ったのね〉


 意味の分からない囁きの後、半歩だけ離れて行く。


〈少し待っていてくれる? 今から取り返しに行かなければならないの〉

「取り返す……? 何を?」

〈全てを〉


 今ひとつ要領を得ない返答。

 こちらが疑問符を浮かべる中、きびすを返し、足早に去ろうとするジャンヌ。


 が。何か思い付いたように、再び振り返った。


〈ねえ。貴方、私の最期を知ってる?〉

「……まあ、多少はな」


 火刑に処されながらも、自分の前に十字架を掲げてくれと叫び続けた。

 そうして信心を抱えたまま死んで行った、歴史に語り継がれる英雄。


、そのことで何か聞いた?〉

「? いや」


 妙な質問だと思いつつも、首を横に振る。


 救った祖国に裏切られ、不名誉と屈辱を散々に浴びせられた末の処刑。

 そんなものを根掘り葉掘り聞き出そうとするほど、ノンデリではないつもりだ。


〈じゃあ教えてあげる。私の一番の秘密〉


 特別よ、と唇に人差し指を当て、微笑まれた。


〈死に際に十字架を掲げさせた、本当の理由〉


 広場の中心で燃え盛る炎が、更に火勢を増す。


〈万が一にも、炎に焼かれる苦しみなんかで忘れてしまいたくなかったの〉


 建物。樹木。草花。ヒトガタ

 見渡す限りの全てに、燃え広がって行く。


〈一番憎い相手が、誰なのかを〉


 闇のような漆黒へと、その色を移り変わらせながら。

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