第76話 血の凍るような
フランベルジュを燐火で覆い、手元から消す。
学ランの砂埃を払い落とし、ひと息。
…………。
しかし。
──どうなってるんだ。
離れ牢すら介さず、外界に天使が現れるなんて。
奴等を幽閉する牢獄、ゆえにこその天獄じゃなかったのか。
〈ジンヤ。上〉
脳裏に疑問符を浮かばせる中、ジャンヌが俺の肩を叩く。
示されるまま空を見上げ、目を細めた。
「小さくなってる……のか?」
〈みたいね〉
耳障りな音と共に、少しずつ狭まって行く亀裂。
三十秒。一分。二分。
時計の秒針が三周する間際、断面はピタリと閉じた。
僅かな痕跡すら残さず、すっかり元通りとなった、晴れ渡る青空。
まるで何事も無かったかのように穏やかな様相。
そんな光景が妙に白々しく感じられて、余計に不気味だった。
「胡蝶!」
ふと響いた、よく通る声。
振り返ると、片手に魔剣を握り、もう片方の手にスマホを持って駆けてくる伊澄の姿。
「天使は!?」
「片付けた。教室の方は大丈夫なのか」
「あ、ああ。取り敢えず、今はみんな落ち着いてる」
そいつは良かった。
こういう時は集団パニックによる二次災害の方が被害は大きかったりするからな。
「──それより、大変なんだ!」
泡を食った勢いで鼻先に突き出される、スピーカーモードで通話中のスマホ。
画面には『八田谷田』の表示。
〔ッ……もしもし、ジンヤくん? 聞こえて、る?〕
「なんだ」
息切れ混じりの、かすれた声音。
不穏な匂いを感じ、僅かに身構える。
〔今さっき……私の
、探査をかけて……そしたら……げほっげほっ!〕
しばし咳き込みが続く。
八田谷田の息が整うのを待つ間、俺の中では嫌な予感が加速度的に膨れ上がっていた。
そして。無情にも、その予感は的中する。
〔ま……街の、あっちこっちに……天使が……!!〕
〔ユカリコちゃんと、ウルハちゃんだけじゃ……とても、人手が足りないの……〕
「分かってる。俺たちも動く、指示をよこせ」
魔剣以外では決して破れない堅牢強固な護り、常夜外套を擁する天使たちの氾濫。
原因は、突如生じたあの亀裂。
理由は分からない。悠長に考察する暇も無い。
重要なのは、今この瞬間、街が危機に晒されているという事実。
〔高台の高校……は、もうジンヤくんが片付けてくれたのよね……?〕
「ああ。残りはどこだ」
せめてもの幸いは、天使どもが完全にバラけてではなく、数ヶ所に固まる形で出現したこと。
方々へと散ってしまう前に纏めて叩ければ、被害は最小限で済む。
〔貴方たちに向かって欲しいのは……まず、駅前の大通り……数は、十体くらい……〕
そっちの内訳は、全て
伊澄に目配せすると、俺の意図を察したのか、頷いて返される。
〔あとは……〕
……魔剣士が天使に敵意を抱くように、天使もまた人間を無差別に襲う。
流石に被害者ゼロでは済まないだろう。
現場に到着した時は、少なからず死体を見ることになる覚悟を固めておかなければ──
〔西側の、市立病院……少なくとも、三十体以上……〕
────。
「………………………………は?」
今、なんて。
冗談なら笑えない。いくらなんでもタチが悪い。
「胡蝶……? どうかしたのか?」
いや。
頼むから、冗談だと言ってくれ。
〈…………ッ〉
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