第75話 露払いのワルツ


 人前で金色の瞳を隠すためのカラコンを外す。

 テキトーに買った安物だからか、長時間使ってると目が乾いてしょうがない。


「ひと段落したら、かけ直す」

〔おい待──〕


 喚く真月を無視して通話を切り、スマホをポケットに放り込む。


 次いで身体強化エクストラの出力を数秒間だけ最大まで引き上げ、五感全てで索敵を行う。


「二十四……蹴り殺したのを差っ引いて、二十三」


 下天使エンジェルが十一。

 大天使アークエンジェルが八。

 権天使プリンシパリティが四。


 ……他は兎も角、権天使プリンシパリティは少し厄介だな。


 ここは屋外。閉鎖空間の離れ牢と違い、天井など無い。

 下位天使とは言え、飛行能力と遠距離攻撃手段を併せ持つ奴を好き勝手させては面倒。


 ──先に片付けておくか。


〈後衛潰しは基本よね〉


 指を鳴らし、銀炎をおこす。


 四ヶ所で同時に噴き上がる火柱。

 抗う術も無く燃え尽き、灰の一片も残さず消滅する有翼の天使たち。


〈aaaa〉

〈aaaaaaaa〉

〈Laaaa──〉


 それをスターターピストル代わり、残りの連中が四方八方から一斉に押し寄せる。

 深く呼吸を繰り返し、魔剣技アーツの発動によって減衰した身体強化エクストラの出力が戻るのを待つ。


 いっそのこと纏めて焼き捨てたいところだが、聖炎ウェスタは燃費が悪い。

 このような右も左も分からない状況下で、無闇に体力を消耗するのは避けるべき。


 ……ああ、そうだな。ちょうどいい。

 いま消耗した分を、こいつらから頂くとしよう。


「神を呪え──ジャンヌ・ダルク」


 虚空に迸る蒼い燐火を掴み、魔剣を引き抜く。


 その姿形は、フランベルジュ。

 揺らめく炎に似た、波打つ刃を持つ両手剣ツーハンデッドソード


 美しく煌びやかな外観から、儀礼用としても好まれた代物。

 しかし一方で、斬り口の骨肉をグチャグチャに抉る残虐さも兼ね備えた、二面性の剣。


 無銘レギオンだった時と同じ鏡のように磨き上げられた剣身も込みで、確かに綺麗だとは思う。

 が、不必要に相手を痛めつけてしまうため、正直あまり好きじゃない造形。

 真月や伊澄と手合わせする際、魔剣コイツを抜かない理由のひとつ。


 もっとも、肉の身体を持たない天使には無意味な特性。

 無性に掻き立てられる敵意も合わさって、何の呵責も抱かず済む。


「そう言えば、お前を使うのは久しぶりだな。少し慣らすか」

〈じゃあ一曲踊って下さる?〉


 いいとも。

 ショートバージョンになるだろうけどな。


〈〜♪〉

「クイック」


 透き通った声で紡がれる鼻歌に合わせ、一閃。

 剣腕を振り上げた下天使エンジェルの股から頭部にかけてを切り上げ、真っ二つとする。


〈〜♪〉

「スロー」


 振り抜いた切っ尖に乗った勢いを利用し、バック宙。

 天地が逆転した視界の中、腰を捻り、背後に居た大天使アークエンジェルを横薙ぎで斬り払い、着地。


〈〜♪ 〜♪〉

「スロー、スロー、クイック……」


 魔剣躰術の修得により、一挙手一投足に至るまで最適化された機動。

 剣を振るう勢いで流れを作り、その流れのままに、次々と敵を屠る。


「──フィニッシュ」


 最後の一体の首を断つ。

 残った胴を突き貫き、仰向けで足元へと縫い付ける。


 やがて、そこかしこに倒れた亡骸が魔力へとほどけ、魔剣に吸い込まれて行く。


 剣身の脈動と共に、活力がみなぎるのを感じた。


〈……あら、もう終わり? ちょうど今からサビだったのに〉

「そいつは残念」


 所要時間およそ一分弱。

 ショート一曲分にもならなかったな。


 徒党を組んでも、所詮は下位天使か。

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