第74話 天の獄の侵食


 ──なんだ、あれは。


 昼時の緩んだ空気から一転、騒然となった教室の窓を飛び出し、昇降口前に着地。

 遮蔽物の無い校庭まで駆け、尋常ならざる空模様を仰ぐ。


 目を疑うような光景。

 空間そのものに奔った、街全体を覆うほどの巨大な亀裂。


〈まさか……いえ、でも……〉

「何か心当たりがあるのか」


 唐突極まる奇怪な、それも明らかに凶事としか思えない現象。

 ひとまず情報を求め、隣に現れた思案顔のジャンヌに問う。


〈……あのヒビの奥。間違い無いわ〉


 そして。告げられた内容に、目を剥いた。


〈天獄と繋がってる〉






〔馬鹿な! ありえん!〕


 スマホ越しに響く大声。

 真月に連絡を入れ、ジャンヌの言葉を伝えた直後の第一声。


〔あの馬鹿でかいヒビが丸ごと『門』だと!? 冗談にしたって笑えんぞ!〕

「正直、俺だってにわかには信じがたい。相棒の言葉じゃなきゃ一笑したかもな」


 

 ゆえに、その内外を出入りするための方法は、たったひとつ。


〔一体どこの間抜けが……いや、あそこまで巨大な門を築ける魔剣士など、居る筈……〕


 魔剣が持ち主に与える三種の異能のひとつ『開門ゲート』。

 空間を裂き、天獄内部へと続く一時的な出入り口を作り上げるチカラ。


 ……だがしかし、がそうだとは、少々ばかり考えにくかった。


 何故なら開門ゲートは天獄外殻、つまり富士山跡地にそびえる白塔の近辺でしか成立しない。


 当然、この街は射程範囲外。

 魔剣士の異能でアレを用立てることは、俺の知る限りでは不可能な芸当なのだ。


〔──チッ! 議論や考証は後回しだ! 出来るだけ早くこっちまで来い!〕


 今、何が起きているのかさえ不明瞭な中、バラバラに動くのは愚策。

 集結して事態に臨むのは、至極当然な判断。


「一応聞くが、ヨソの人手は使えそうなのか?」

〔ヤタが連絡を入れてはいるが、すぐには無理だろうな〕


 他四つの協会支部や本部との距離を考えれば、即座の応援は期待できない。


 そもそも魔剣士協会という組織の性格上、迅速な動きを求めること自体、過大要求。

 構成員の大半が、程度の差こそあれ、自分勝手な個人主義者なのだから。


〔兎に角、あれこれ考えるのは集まってからだ。クロウもそっちに居るんだな?〕

「ああ。今はクラスの連中を落ち着かせてる」

〔魔剣使いでは大した戦力にもならんが、事態が事態だ。一緒に連れて──〕


 スマホを耳に押し当てたまま、振り返る。


 併せて身体強化エクストラを発動。

 左手を突き出し、魔力を集中させた。


 蒼い炎が灯る寸前の密度で護られた掌。

 硬く甲高い音色を鳴り渡らせ、後ろ首に迫っていたを弾く。


〔ッおい! なんだ今の音は!?〕

「……悪いが、すぐには行けそうもない」


 勢い余り、たたらを踏む、針のように細い脚。

 間髪容れず蹴り付け、その衝撃で五体をバラバラに吹き飛ばす。


 ──いつの間に。どうやって。


 そんな混乱と疑問を全て押さえ付け、努めて淡々と、端的に状況を伝える。


「天使に囲まれた」

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