第72話 虚ろなりし魔剣


「できましたよ。どうぞ」

「おー」


 通学前に店へと顔を出し、回されていた仕事を片付け、リオさんの朝食を作る。


「悪りぃな、ここんとこ毎日」

「いえ」


 この習慣がついたのは、バイトを始めてすぐの頃だったか。

 あまりに雑な食生活を見かねて、用意するようになった次第。


 以前は時間や体力の余裕がある時だけだったが、今の俺は魔剣士。

 身体能力の劇的向上によって大抵の仕事は秒で終わるし、そうそう疲労もしない。

 なので必然、ここしばらくは毎朝台所を借りている。


「昼用の弁当も、いつも通り冷蔵庫に入れておいたんで」

「至れり尽くせりで感謝の言葉もねぇ」

「こっちに関しては、自分たちのを作るついでですから」


 俺と姉貴と、近頃はジャンヌの分もか。

 三人分も四人分も変わらないし。






「ん……?」


 に気付いたのは、出掛けのこと。


 使えとリオさんから投げ渡されるも、あらぬ方へと飛んだバイクのキー。

 身体強化エクストラで落下先に先回りし、どうにか受け取った直後、偶然視界に入ったのだ。


「店長代理。どうしたんですか、これ」

「あ? あー」


 部屋の隅へ無造作に立て掛けられた、表面を白く塗り込められている片手剣ショートソード

 この二ヶ月ほどですっかり見慣れた、本来は超がつくほど貴重な代物。


「俺が虚の剣ですよね?」

「……よく分かったな」


 そう言って目を瞬かせるリオさんだが、俺にも何故分かったのか見当もつかない。

 白塗りが落ちた無銘レギオンの状態なら兎も角、虚の剣は完全な同一規格なのに。


「買い取った奴が死んだんだよ。そいつと融合してすぐにな」


 少し言い辛そうに、リオさんが理由を語る。


「しかも、そこから立て続けに。縁起が悪いってんでアタシに処分依頼が来たんだ」

「……そう、ですか」


 そのことにショックを受けるよりも先、どうしてか「だろうな」と思った。


「別にお前が責任感じるような話じゃねーからな? そも魔剣士なんてバタバタ死──」


 リオさんの声が遠い。

 虚の剣に意識が絡め取られて、他の情報が入って来ない。


 これは──魔剣ジャンヌの内側に引き込まれる時と、同じ感覚──


〈──ジンヤ。早くしないと遅刻するわよ?〉

「ッ」


 我に返る。


 はて。何やら一瞬、意識が飛んでたような。

 まさか寝不足か。昨日もたっぷり八時間寝たってのに。


 今日は贅沢にも九時間コース行っちゃおうかな。






 …………。


 足早とガレージに向かったジンヤは、気付かなかった。


〈駄目よ〉


 険しい目で、ジャンヌが虚の剣を睨み付けていたことを。


〈貴女の出る幕なんて、もうどこにも無いの〉


 虚の剣から、僅かながらにが立ち昇っていたことを。


〈大人しく、そのまま眠り続けていなさい〉






〈──ジャンヌ・ダルク〉

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