第70話 這い寄る不穏


〈私たち悪魔は、剣に封じられることでチカラをカラにされているの〉

「ああ、だからなのか」


 冷や汗まみれの伊澄が息を整える傍ら、被災者を搬送させるために救急車を呼ぶ。

 その到着を待つ間、暇潰しも兼ねてジャンヌの話を聞いていた。


〈チカラとは、すなわち『固有の能力』と『情報の記憶』〉


 それらは天使を殺し、亡骸の魔力を喰らうことで、少しずつ取り戻される。


 しかし虚の剣には魔力を排するコーティングが施されている上、そも剣単体では無力。

 当然だろう。使い手が居てこそ、用をなす道具なのだから。


〈人間と融合状態にある間だけ、封印は剥がれ落ちるわ〉


 ちょうど持っていた虚の剣を眼前へと掲げる。

 表面を塗り固めてる漆喰みたいなコレか。


「どういう仕組みでそうなるんだ」

〈あらゆる悪魔のチカラを完全に封じる代わり、悪魔以外には効力が働かないからよ〉

「なら融合する相手は、例えば犬猫なんかでもいいんじゃないのか?」


 まさか、と返される。

 何故だ、と更に問う。


〈だって剣は人間の武器。悪魔は人間の想像から生み出された存在だもの〉

「……なるほど」


 ともあれ、そういう経緯で魔剣の悪魔は常に宿主を求めている。

 最初に素手で触れた人間へと、誰彼構わず取り憑くほどに。


「魔剣士に手を貸すのも、チカラを取り戻すためのギブアンドテイクってワケか」

〈そこは悪魔次第じゃない? 現に私は、貴方が好きだから言うことを聞いてるのよ?〉

「そうか。ありがとう」

〈どういたしまして〉


 ハイタッチ。


「……で? それと離れ牢に、一体なんの関係が?」

〈封じられた悪魔は基本的に休眠状態なんだけど、たまに眠りの浅いのが居るのよ〉


 そういう個体は剣ごとに隔離される。


 そして──その別空間こそが、何を隠そう離れ牢。


〈眠りの浅い悪魔は、時折まるで寝言みたいに、自分と相性の良い人間を呼び寄せるの〉


 寝言のタイミングが空間の綻びと重なった時、引き込まれてしまうのだとか。


〈クロウの成長が早いのも、あの剣に宿る悪魔が彼を呼んでたからでしょうね〉

「同調率が相当に高いってことか」

〈そ〉


 …………。


「ジャンヌ。今の話、俺以外にはするなよ」

〈あら、どうして?〉


 決まってる。

 考えるまでもなく厄ネタだからだ。


「真月は中位天使……能天使パワー力天使ヴァーチャーくらいなら簡単に倒せるだけの力を持ってる」


 けれど、俺の前では赤ん坊と同じ。

 パワーもスピードも戦闘経験も、全て向こうが大きく上回ってるにも関わらず、だ。


 つまり同調率の高さは、魔剣士の能力を推し量る上で最重要なファクターのひとつ。


 言い換えれば、離れ牢の被災者は、その点における才覚が確約されているに等しい。


 この事実が公に知れ渡れば、絶対ロクな流れにならない。

 隠しておくに越したことはなかった。






 建物の隙間から見える空を仰ぎながら、ふと思う。


 ──空間の綻びと魔剣の呼びかけが合致した時、離れ牢の入り口は開かれる。


 それは、つまり。


 ──この街の空間が不安定になっているから、こうも繰り返し離れ牢が現れている?


 そう考えれば、前に魔剣士おれが呑まれた理由も、なんとなく説明がつく気がする。


 …………。

 ああ。なんだろう。






 すごく、嫌な予感がする。

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