第69話 疑念


 ──どうなってるんだ。本当に。






 指を鳴らす。

 煌めく銀の火柱を五本、黒い石で閉ざされた広間に立ち昇らせる。


「奪え」


 着火からおよそ半秒。

 瞬く間に消滅した、五体の下天使エンジェル


 そして、共々に掻き消える聖炎ウェスタ


 ……ナシ。

 やっと正確な火加減が見極められるようになってきた。


「良い魔剣技アーツだよな、それ」


 気だるくポケットに手を突っ込んだ俺の後ろで、魔剣を肩へと担いだ伊澄が呟く。


 振り返ると、その足元には真っ二つとなった下天使エンジェルが二体。


 二対一くらいなら、危なげなく瞬殺できるようになったか。

 そろそろ大天使アークエンジェルの相手をさせても大丈夫そうだな。


「派手だし、カッコいいし、しかもなんでも燃やしちまう。無敵かよ」


 程なく亡骸は光の粒──魔力の塊へとほどけ、伊澄の魔剣に吸い込まれて行く。

 幾何学模様の浮かぶ剣身が、ひとつ大きく脈動した。


「前にも言ったが、聖炎コイツは燃やしてるワケじゃない。んだ」


 加えて、大手を振って無敵と呼ぶには、少し尖り過ぎている。

 もしそう見えるのなら、それは俺の努力とハッタリの賜物だろうさ。






 ──いくらなんでも、異常だ。






「伊澄。この核石コアも、お前が喰え」


 回収した虚の剣を爪先でリフティングしながら、広間の中央に浮かぶ金色の岩を指す。


「また貰っていいのか? これ、軽く下天使エンジェルの魔力が詰まってるんだろ?」


 然り。

 聞くところによれば、第四位の天使──主天使ドミニオンをも凌ぐエネルギー量とか。


「だからこそだ。無銘レギオンを育てる最高の養分になる」


 俺が短期間で魔剣ジャンヌを第二段階に引き上げられたのも、核石コアの恩恵が非常に大きい。

 その下地があったからこそ、聖石を飲むという博打も乗り越えられたと言えよう。


「差し当たり、俺にこれ以上のは必要無いしな」

「そうか? じゃあ、ありがたく貰っとくけどよ」


 スポーツカーなんかも、無闇やたらと馬力を上げれば速くなるってもんじゃない。


 今は技量を磨く段階。

 何事にも、その折々で最適な塩梅ってものがある。

 身の丈を超えた欲張りは、たいがいロクな目に遭わない。


「ちょうど真月がノビてて良かったな。この前みたいな争奪戦にならなくて済む」

「アレは大事件だったよな……」


 まったくだ。

 魔力を喰らい、魔剣のチカラを高めたいのは分かるが、まさかあそこまでやるとは。

 人間の欲ってのは恐ろしい。






 ──俺が魔剣ジャンヌと融合して、まだ二ヶ月程度だってのに。






「ッ……ッッ……ふ、うぅっ……!」


 薄い常夜外套で覆われた核石コアを斬り裂いた伊澄の魔剣へと注ぎ込まれる、膨大な魔力。


「ぐっ……落ち着け、このっ……!!」


 急激なチカラの上昇に伴い、荒ぶる神経。

 それを伊澄が必死で抑え込む中、揺らぎ始める周囲の景色。


〈あ。思い出した〉


 空間が歪み、徐々に崩壊する離れ牢。


 やがて俺と伊澄、そして不運にも牢へと呑まれた被災者。

 見付けた時には泡を吹いて倒れてたオッサンが、揃って元の世界へと舞い戻る。


「何を思い出したんだ、ジャンヌ」

〈離れ牢が生まれる理由〉

「……なんだと?」






 ──今日のコレで、だぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る