第68話 人見知りのヤタ


〔ッ……あ、あの……逃げて、ごめんなさい……〕


 俺と目が合ったパンク女は、しばらく硬直した後、脱兎の如く逃走。

 鳴り渡る足音の先で勢い良く扉が閉じられ、少し間を置いてスマホに着信。


〔わ、わわ、私……人前だと、本当に、しゃ……喋れ、なくて……!〕

「別に気にしてない」


 が極度の人見知りであることは、前に真月から聞いている。

 そんな奴に音も無く近付き、後ろから急に声をかけた俺が悪い。


 しかし。


「電話口の印象とは随分かけ離れたビジュアルなんだな? バンドマンかと思った」

〔……このくらい派手な方が……外に出た時、誰かに話しかけられたりしないから……〕


 なるほど。猛毒のサンゴヘビに擬態し、身を護るミルクヘビみたいな感じか。

 あんな格好した女が街中を歩いてたら、確かに大抵の奴は遠巻きにするだろうな。






 八田谷田やたやだヤタ。

 五秒くらいで適当に考えた偽名みたいな響きだが、一応本名らしい。


 第五支部に所属する三人の魔剣士の一人。

 所有する魔剣は、七系統でも希少な嫉妬エンヴィ


 真月曰く、戦闘能力はイマイチ。

 その代わりに、天使や聖人を対象とした高い探査能力を持つ魔剣技アーツが使える模様。


 日に三度、それを用いて間接的に離れ牢を探し出すのが、普段の仕事。


 つまり、ただでさえ暇な上、俺の存在によって唯一の務めすら奪われたに等しい状態。

 少なからず恨みを買っているかと思いきや、関係は割と良好。


 なんでも魔剣技アーツは疲れるから、使わずに済ませるのが一番なのだと。

 実は日に三度の探査もしょっちゅうサボっており、最近は三日に一度がデフォとか。


 管轄内における離れ牢の発生件数が年間平均二件程度とは言え、ひどい怠慢だ。

 この話を聞いて以降、俺は内心で八田谷田のことを給料泥棒と呼んでいる。


 まったくもって、魔剣士にはロクなのが居ない。

 あらゆる方面で。






〔ところで……ウルハちゃんのプリン食べたこと、内緒にしてくれる……?〕

「そも会ったことが無い。告げ口しようも無い」

〔え……? でもウルハちゃん、この前……あれ?〕


 八田谷田の部屋の扉に背中をもたれさせ、スマホで話す。

 板一枚隔てただけの相手に、随分な遠回り。


〔私の勘違いかな……まあいいや……えっと……ユカリコちゃんとは、どう?〕

「どう、と言われてもな」


 世間一般的な意味合いで仲良くやれてるとは評しがたい。

 さっきも八つ当たりされて締め落としたばっかりだし。


〔あ、あのね……ユカリコちゃん、態度悪いし、すぐ手が出るし、左遷もされたけど〕


 やはりか。

 強度序列一桁が何故、支部という雑用専門の部署に居るのか、少し不思議だったんだ。


〔でも……たまに優しかったりもするから、あんまり悪く思わないであげて……?〕


 DV男を擁護する恋人みたいな台詞回しだな。

 そう軽口を返す寸前、反射的に身構えた。


「──すまないが、切るぞ」

〔え……え、あ、ごめ、ごめんなさっ……怒らせるつもりとか、全然なくて──〕

「違う」


 唐突に背骨を伝った違和感。

 次いで後ろ首を這う、ちりちりと炙られるような感覚。


離れ牢が出た」

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