第67話 エンカウント
「コイツ、さては陰で練習してやがるな」
〈何を?〉
「魔剣躰術」
ヒスった真月を適当に叩きのめした後、担ぎ上げて階段を上る。
……見た目より、かなり重い。
どうやら、あっちこっちに
抱えた感じ、総重量は優に百キロ以上あるだろう。
恐らくは膂力に対して軽すぎる身体を安定させるための措置。
なるほど。こういう形でバランスを取るのもアリか。
もっとも、既に自然体での最適な挙動を修めた俺には合わない手段だが。
閑話休題。
「重心の置き方、踏み込みの深さなんかが少し変わった。俺の動きを混ぜ込んでる」
日に日に伸びて行く伊澄を見て有用と判断したのか、こっそり取り入れた模様。
コソコソせずとも、ひとこと言ってくれれば素直に教えたものを。
…………。
無理か。真月の性格を考えたら。
「なんつーか、コイツの高圧的な態度って、どことなく小動物の威嚇っぽいんだよな」
狭いエレベーターに揺られつつ、ふと呟く。
「例えるなら、精一杯に両腕を広げるレッサーパンダ的な」
〈本人が聞いたら怒りそうね〉
人を頼ったり、弱みを見せたり、借りを作ったり。
そうした行為を、徹底して避けているように窺える。
「粗暴なのは間違いない……が」
初めて会った時のことを思い出す。
あの時、真月が真っ先に取った行動は、倒れた女生徒の治療だった。
けれども、離れ牢に派遣された魔剣士の第一目標は、虚の剣の回収だ。
あけっぴろげな言い方をすれば、人命など二の次。
つまり真月に、そこまでする義理など無かった筈。
純粋な善意か、単なる気まぐれか。
真相は本人のみぞ知るところだが……。
「もしかすると、そこまでアレな奴でもないのかもな」
〈どっちみち多少はアレなのね〉
大なり小なりアレではあるだろうさ。
第五支部の事務所は奥が居住スペースとなっており、職員の寮も兼ねているとか。
まあ今のところ、真月以外の面子と直接顔を合わせたことは無いんだが。
「ここか」
長めの廊下に三つ並んだ個室。
扉に『ユカリコ』とプレートが貼られた部屋へ入り、真月をベッドに横たわらせる。
〈物の少ない部屋ね〉
最低限の家具だけ置かれた間取り。
整理整頓が行き届いている、という域を通り越した、生活感の薄い空間。
〈ミニマリストってやつ? なんかイメージに合わないわ〉
「行くぞジャンヌ」
一応は女性の私室。物色する悪趣味は無い。
手早く退室すべく、
「……ん?」
扉の向こうからキッチンに向かう
「…………」
特に理由も無く息を殺し、音を立てず扉を開く。
そのまま気配を尾けてキッチンに行き、そっと中を覗き込む。
「ふんふふ〜ん」
鼻歌交じりに冷蔵庫を漁る後ろ姿。
ヘヴィメタルでもやってそうな、えらく派手で刺々しい格好をした、細身の女。
「あ、あったあった。いただきま〜す」
目当ての品を見付けたのか、その場で食べ始める。
すぐ後ろに食卓があるのに、なんて行儀の悪い。
「おい」
「ふえ?」
声をかけると、そいつはスプーンをくわえたまま振り返った。
黒髪にピンクのインナーカラーが入ったボブカット。
アイシャドウで濃く縁取りされた双眸に収まる金色の瞳と、視線が合わさる。
その手に持ったプリンの容器には、丸っこい字で『ウルハの』と書かれていた。
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