第66話 28日後…②


「っしゃあっ! とうとう銀炎そいつを使わせてやったぜ!!」


 足元をふらつかせながらも、盛大にガッツポーズを取る伊澄。

 未成熟な第一段階の魔剣で飛斬スパーダの連射とは、まったく無茶をする。


 もっとも、その無茶によって虚を突かれたのも事実。

 再び指を鳴らして残り火を消し、膝が笑っている伊澄の元へ歩み寄る。


「ひと通り、型は身についたみたいだな」

「おう! 剣道の動きとは全然違うもんで、だいぶ手こずったけどな!」


 違って当然だろうさ。

 人間離れした身体能力を有するという前提条件を、根底に敷いているのだから。


「前にも言った通り、あとはソレを自分に合わせる形で徹底的に染み込ませろ」


 八方向への移動。

 九種類の太刀筋。


 これらの基本的な型を修めれば、そこからは応用と複合。

 そうして模範解答を蓄え続けることで、感覚的な部分も着実に矯正されて行く。


 やがては一挙手一投足に至るまで、今の己に即したものへと移り替わるだろう。


 すなわち魔剣躰術とは、魔剣士に最適な挙動のを心身に教え込むための技術。


 まあ編み出した張本人である俺自身に、そこまでの意図があったワケではないのだが。

 洗練を重ねた結果、偶然にもそういう代物となりつつあるってだけで。


「当面は型をそのままなぞっていればいい。大天使アークエンジェル程度までなら、どうにかなる」

「けっこーモノにできたと思うぜ」


 プルプルと震える切っ尖を正眼に構える伊澄。

 回復するまで大人しくしてろ。


「ただ、まだ咄嗟の時は番号と実際の動きを結び付けるまでに一瞬ラグが出るんだよな」

「ああ……」


 頭の中で一連の動作をイメージするより、数字を並べた方が思考の時間が短くて済む。

 そう考えて型に数字を割り振ったが、所詮は素人判断。

 俺にはハマったけれど、万人受けする方法だとはハナっから思っていない。


「好きに工夫しろ。こっちも手探りでやってるんだ。改善点なんていくらでもある」

「なるへそ」


 第一、身体が型を完全に覚えれば、いちいち動く前に頭で考える必要もなくなるしな。

 要は慣れるまでの補助輪みたいなもの。かえって邪魔なら、外してくれて構わない。


「……よし、休憩終わり! 次は全部の型を百回、いや二百回ずつだ!」


 疲労による震えが止むや否や、いつもの反復練習を始めた伊澄。


 脚光を浴びるためなら、本当に努力を惜しまない男だ。

 ここまで承認欲求がプラス方面に働いてる奴、初めて見る。






 …………。

 さて。伊澄の方は極めて順調だが、あっちはどうかな。


「ふぅぅうううう……!」


 微動だにせず、顔の前で握り締めた右拳を睨み付ける真月。

 目が血走っててヤバい。街中で会ったら絶対に他人のフリすると思う。


〈どうにかこうにか、形にはなってきてるっぽいわね〉


 背中に当たる硬い鎧の感触と、耳元で囁かれる声。


 ……ジャンヌの言葉通り、真月の全身を覆う蒼いモヤ、魔力の流れは拳に傾いている。


 が、流動の勢いは非常に緩やか。

 あれでは俺が魔剣を素手で弾く時に使う量が溜まるまで、五分はかかりそうだ。


 しかも。


「──あっ」


 気でも緩んだのか、体表の魔力が大きく揺らめき、拳への集中が解ける。

 その様子を呆然と見つめた後、鬼の形相かつ無言で床を殴り始めた真月。

 だいぶキてる。


「そもそもアイツには不向きな技術なんだろうな」

〈ね〉


 同調率もだが、真月の系統は暴食グラトン

 密度が変わりにくい水の性質を持つ魔力では、させる行為そのものが難しい筈。


「どーすっかな」


 四週間も経った今更になって「才能無いからやめとけ」とは言い辛い。

 しかし、正直あのまま続けさせたところで、目覚ましい進展が望めるとも思えない。


「……何か良い方法でも考えてみるか」

〈優しいのね〉


 だって流石に可哀想じゃん。

 あと、八つ当たりされるのも、たぶん俺だし。


「ジンヤァッ! ちょっと付き合え!!」


 ほら来た。

 魔剣ぶん回しながら人を呼ばないで欲しい。

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