第64話 人間万事塞翁が馬
「今日は面倒見てくれてありがとうな、胡蝶」
何時間も力み続けた真月が目を回して倒れたため、解散となった夕刻。
帰りのタクシーにて、伊澄が俺に深々と頭を下げた。
「……俺はさわりを教えただけだぞ」
「その第一歩目が見当もつかなくて困ってたんだ。いやー、本当に助かった」
魔剣士となった者たちが最初に苦労するのは、著しく跳ね上がったフィジカルの制御。
アスリートや武道家などのプロフェッショナルであっても、それは容易ではない。
むしろ己の身体を知り尽くしているからこそ、感覚の齟齬は常人よりも大きい。
慣れるまでは、
もっとも、鍛錬の様子を眺めてて分かったが、伊澄はセンスの塊のような男だ。
運動神経に特化する形で強化されている俺と比較しても、そう見劣りしないほど。
加えて、魔剣躰術という技術そのものも、一ヶ月かけてそれなりに洗練させてある。
コイツの技量が戦闘に耐えうる水準となるまで、そう長くかからない筈。
「家でもコソ練しとくぜ! 次までにレベルアップして驚かせてやるよ!」
「宣言したらコソ練にならないんじゃないのか?」
…………。
しかし。
「随分な身の入りようだな」
「当然! 俺は最強の魔剣士になって、世間から羨望の眼差しを集めたいんだ!」
なんてストレートな承認欲求。
まあ、こういう奴だとは知っている。
が──どうにも、それだけではないように思える。
「魔剣士協会で何かあったのか?」
「むぐ」
図星らしく、眉間にシワが寄る。
伊澄は少し黙った後、どこか不愉快そうに話し始めた。
「……ほぼ先週いっぱい、天獄街に泊まり込みだったんだ」
虚の剣と融合したことによる諸々の手続きやら説明やらか。
「その間、街中を歩き回ったり、他の魔剣士と話をする機会があったんだが──」
なるほど。だいたい読めたぞ。
「ロクでもない奴ばかりだった! アレじゃ天獄街が隔離施設なんて言われるワケだ!」
現行兵器が一切通用しない埒外な戦闘能力。
数多の財宝が積み上げられた天獄内部へ唯一出入りできるという有用性。
日本政府は魔剣士を国の宝として優遇し、問題を起こそうとも見て見ぬフリをする。
しかも大半が、悪魔と混ざり合ったことで大なり小なり自制心を欠いている有様。
……そう言えば、伊澄の奴は特に言動が変わった様子は無いな。
よっぽど同調率が高いのかもしれない。
「だから決めたんだ! 俺は強度序列一位になって、協会を秩序ある組織にする!」
聞く者が聞けば笑い飛ばすに違いない大言壮語。
けれど。少なくとも俺は、笑う気にはならなかった。
「にしても人生、何がどう転ぶか分からないもんだな」
しみじみ頷きつつ、そんなことを呟く伊澄。
「他の進路に未練を残したまま魔剣士にならざるを得なくなったのは、少し残念だけど」
──あの日、離れ牢に呑まれたのは、必ずしも悪いことばかりじゃなかった。
そう続いたセリフに、俺を首を傾げながら視線を返す。
「あの一件で、何か良いことでもあったのか?」
「新しい友達ができた!」
真っ直ぐ向けられる、屈託の無い笑顔。
……そういうの、よく恥ずかしげもなく言えるな、コイツ。
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