第61話 山あり谷あり


「──ッ! 掴めた、掴めたぞ! この動きか!」


 真月と伊澄に、それぞれが求める技術ものの指南を始め、はや一時間。

 ひとまずの進捗状況は、順調と言えば順調、難航中と言えば難航中だった。


「あとはソレを徹底的に染み込ませろ。反射で同じ動きが出来るようになるまでな」

「よしきた!」


 著しく強化された身体能力での最適な挙動──魔剣躰術の習得に励む伊澄。

 正直かなり地味な絵面なのだが、妙に楽しそうだ。


「けっこう好きなんだよ、反復練習。鏡の前に立って、フォーム見ながら素振りとかさ」


 尋ねてみれば、なんとも意外な返答。

 気付けば半日近く夢中で竹刀を張り続けていたことも珍しくないらしい。

 その結果が、剣道歴三年足らずでの全国大会総ナメか。


「一に基礎、二も三も基礎! 天才の俺が地道に努力すれば、つまり無敵だ!」


 まあ間違ってはいない。

 実際こうしてる間も、目に見えて動きが良くなってるし。


「俺が見せた手本をそっくり真似るより、少しだけ重心を落とした方がいいかもな」

「なるほど、こうか? おお、確かにこっちの方がしっくり来る気がする!」


 始めた直後のぎこちなさが嘘のよう。一度コツを掴んだら一気に伸びるタイプか。

 剣道とはあらゆる条件がかけ離れているだろうに、大した飲み込みの早さだ。


 ……とは言え、肉体を操るための最適な動き方は、個人によって異なる。


 身体強化エクストラでフィジカルが跳ね上がった俺たち魔剣士は、それが更に顕著。

 質量そのままで数倍、十数倍、数十倍の筋力とか、バランスがピーキー過ぎる。


 なので俺が魔剣躰術という形で伊澄に教えてやれるのは、土台や骨組みの段階まで。

 あとは自分自身に合わせて試行錯誤でカスタマイズし、発展させて行くしかない。


 …………。

 とまあ、そんな感じでコッチは今のところ順調。


 が、もう一方はと言うと。


「ふぬぐぐぐぐぐぐぐぐッッ!!」


 長刀を足元に突き立て、右拳を握り締める真月。

 しかしながら、彼女の全身を覆う身体強化エクストラの蒼いモヤは、静かに揺らめくばかり。


 ちなみにこの蒼いモヤ、改めて調べたところ協会では『魔力』と称されている模様。

 かなり安直なネーミングだが、分かりやすくていい。俺もそう呼ぼう。


 で。


「そろそろ魔力を動かす感覚は掴めそうか?」

「ぐぬぬぬぬ……あーっ!! 出来るか、こんなもん!!」


 地団駄を踏み、コンクリートの床に亀裂が奔る。


 かれこれ四度目の発狂。

 せっかく綺麗に修理されてたのに、台無しだ。


 つーか、なんで出来ないんだよ。


飛斬スパーダの応用だって何度も教えただろ」


 突き出した指先に、蒼炎を灯す。


「魔力を集中させるのが、剣か身体の一部分か。それだけの違いだ」

「簡単に言ってくれる……!」


 肩掛けにしたコートを払い落とし、代わりに長刀を掴む真月。

 併せて多量の魔力を注ぎ込み、刀身に蒼水エネルギーを纏わせた。


飛斬コレは私から魔剣へと魔力を移す行為。ボトルの水をグラスに注ぐようなものだ」


 だが、と切っ尖を俺に突き付けられる。

 今の状態だと銃口を向けるのと変わらないからやめて欲しい。


「貴様のソレは、ボトルの中で水のカタチを変えているに等しい! 同列に語るな!」


 ──え、マジで? そんなに違うの?


〈そうね。少なくとも飛斬スパーダと一緒くたにしていい技術じゃないわ〉


 頭蓋の内に響く、ジャンヌからの同意。

 俺、普通にそのくらいのノリでやってたんだけど。


〈それは貴方が……ちょっと話が長くなるわね。私が直接その女に説明しましょうか?〉


 私がって、俺以外には見えないし聞こえないのに、どうやるんだ。


 そう尋ねるよりも先、ごっそりと全身から力が抜ける感覚に襲われる。

 直後。ジャンヌが俺の隣に現れた。


〈……やっぱり表に出ると、こうなるわね〉


 ただし、いつもの半透明な状態ではない、確たる実体を得た姿で。


 そして──何故か、だった。

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