六章 魔剣教導

第60話 ユカリコの呼び出し


〔今すぐ来い〕


 真月から唐突にそんな連絡が入ったのは、例の提案を受けて十日ほど経った頃のこと。

 あの女、やはり社会人として備えるべき諸々が欠けているとしか思えない。


 とは言え、こちとら一種の弱みを握られてるようなもの。

 それに一応は協力関係ってやつを結んだワケだし、少しくらいは働かないとな。






「遅い!」


 魔剣士協会第五支部に着いて早々、ビルの前で仁王立ちしてた真月に一喝される。

 これでも割かし急いだ方なんだが。


「そいつは申し訳ない。なかなかタクシーが捕まらなくてな」

「なら走ってこい! 足を使え、足を!」


 ブラック企業の営業部長みたいなこと言うじゃん。

 まあ実際、魔剣士のスピードと小回りの良さなら車より速いのは確かだけど。


「チッ……ほら、寄越せ!」


 イライラしつつ、タクシーの領収書をぶん取る真月。

 次いで自分の財布を出し、ギッチリ詰まった万札を一枚抜き取り、俺に押し付けた。


「帰りの分も合わせれば大体そのくらいだろう。足りなかったら次来た時に言え」


 また今日みたく呼び出されるのは確定ですか。

 こっちにも都合があるんだから、ちゃんと事前確認を挟んで欲しい。

 報連相は大事。


「そら来い! 時間は有限なんだ、ぐずぐずするな!」


 財布を仕舞った真月は、そのままきびすを返し、足早にビルへと入って行く。

 時間が有限であることは賛同するけれど、そう不必要に急ぐものでもないだろうに。


〈せっかちね〉


 ──まったくだ。






 てっきり四階の事務所に行くものと思いきや、真月が向かった先は地下の運動場。


 分厚い引き戸を軽々と開け、点される照明。

 相変わらず、だだっ広いばかりの殺風景な空間。

 が、何故か前に来た時よりも随分と綺麗になっていた。


「コンクリを打ち直したのか?」

「ちょうど定期メンテナンスと重なってな。そのせいで今日まで使えなかった」


 なるほど。だから十日も音沙汰無しだったのか。

 しかし、それなら尚のこと、あらかじめのアポイントメントを入れてくれ。


 …………。


「で? 強度序列六位止まりの真月さんは、性懲りも無く俺に挑もうってのか?」

「誰が六位止まりだ、失敬な! 元々は五位だったんだぞ!!」


 つまり誰かに抜かれてるのか。余計酷いな。

 本人気付いてないみたいだけど。


「ッ……貴様をボコボコにしてやりたいのは確かだが、少なくとも今日は別件だ!」


 虚空に蒼い水飛沫を迸らせ、自身の魔剣である長刀を抜く真月。


「──貴様の持つ技術わざを教えろ。私が魔剣士の頂点へと立つためにな」

「はあ」


 およそ人にものを教わる態度じゃないのは、ひとまず置いておこう。


 俺の技術。あくまで我流と独学の試行錯誤に過ぎない代物を?

 別に構わないが、随分と妙なことを頼んでくるもんだ。

 しかも魔剣士の頂点とか、だいぶ大袈裟。


「それと」


 内心で小首を傾げていたら、真月が長刀の切っ尖で、俺の横合いを指す。


「貴様はなんだ」


 より正しくは、隣に立っていた伊澄を。

 良かった。ここまで完全スルーされてたから、もしかすると見えてないのかと思った。


「あ……えっと、伊澄クロウです」

「知っている。ついでに言えば、この前の離れ牢で虚の剣を手に入れた魔剣使いだろう」


 ふん、と鼻を鳴らす音が言葉尻へと添えられる。


「そう焦らずとも、協会に入りさえすれば最優先でが回されたものを」


 真月曰く、伊澄は日本全国でも十人と居ない甲評価の勧誘対象だったとか。


 通常なら魔剣士協会への登録後は、まず『予備役』となる。

 待機リストに名を連ね、虚の剣に空きが出るのを待つのだ。


 けれど甲評価者の場合のみ、協会が常に一定数抱える在庫から即受け渡される仕組み。

 要は特別に才覚を見込んだ人材には、早いところ魔剣に慣れさせようというシステム。


「かなり買われてたんだな」

「いやぁ、まあ……それほどでもあるかな!」


 得意げに鼻高々と胸を張る伊澄。

 評価されるの大好き人間め。


「私が尋ねたのは、貴様が何故ここに居るのかだ」

「俺が連れて来たんだよ」


 暇な時に戦い方を教えると約束したからな。

 呼び出しついで、地下運動場ここを間借りしようと思った次第。


「……顔は悪くないが、あからさまに陽キャなのは減点。もっと陰のある方が──」


 その旨を伝えると、真月はしばらく伊澄をじっと見据えた後、軽く肩をすくめた。


「まあいいだろう。使用を許す。ただし私の邪魔はしてくれるなよ」

「押忍! お世話になります!」


 急に体育会系のノリ。

 そう言えば剣道部だったな。礼儀作法は叩き込まれてるか。

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