第59話 閑・ある魔剣憑きの──


 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


「クソッ……クソ、クソ、クソがァッ!!」


 誰も居ない裏通りで目覚めた男は、はらわたが煮えくり返るような思いだった。


「ふざけやがって……よくも、よくもッ!」


 脳裏にこびりつく、意識を刈り取られる間際の記憶。

 紙袋を被った妙な奴に素手であしらわれたという、屈辱に満ちた出来事。


「この俺を、誰だと思ってやがる……!」


 男は、協会内でもに腕利きだった。


 強度序列は二百番台の前半。

 第二段階へと到達した真性の魔剣士たちを除けば、概ねトップ層という立ち位置。


 ゆえにこそ、相応の自尊心を抱えていた。好き勝手な振る舞いにも拍車をかけていた。


 それを無造作に踏み付けられた怒りと憎悪は、およそ筆舌に尽くし難いものであった。


「許さねぇ……必ず探し出して、叩きのめしてやる!!」


 壁に拳を叩き付け、必ず雪辱を晴らすと男は誓う。


 …………。

 だが。その誓いが果たされる機会は、永遠に訪れなかった。






 ──独特な風切り音が、甲高く鳴り渡る。


「あがっ……!?」


 小さなランプだけが光源の、薄暗いバー。

 その床に、ごろりと転がる肉の塊。


 併せて、男の肩口から噴き出した鮮血が、周りを赤く染めて行く。


「ぎ、い、ひいぃぃぃぃッ!? お、俺、俺の腕がぁぁぁぁッ!!」

「……ナア。悪いんだが、もういっぺん言ってくれねぇもんカナ」


 細長い構造の店内。

 奥のカウンター席に座っていた人影が、腰掛けたまま振り返る。


「どこの誰とも分からねぇ輩にノされた挙句、ソイツを探し出すのに手を貸せダト?」


 目深にフードを被り、厚手の上着で隠れた輪郭。

 声も金属製のハーフマスクを通した、篭りがちで性別すら曖昧な音色。


「多少は使えるかと思ったが、所詮は魔剣憑き止まりの三下カ。協会の面汚しメ」

「ま、待て、待っ──」


 欠片ほどの躊躇も無く、再び薄闇を奔る一閃。

 引きつった表情で口を開いた男の頭が、弧を描くように飛んだ。


「天獄に運んでオケ。書類の方も、いつも通りにナ」

「はい」


 そう命じられた部下は、慣れたものとばかり顔色ひとつ変えず、淡々と処分を始める。


 少し間を挟み、頭と右腕を欠いた亡骸の腹を突き破るように、虚の剣が飛び出した。


「まったく、役立たずばかりで嫌にナル」


 再封印によって表面が白く塗り固められた剣身を見下ろし、溢される溜息。


「……まあ、いいカ。また予備役の中から、マシそうなのを見繕ってオケ」

「はい」


 数十秒と待たず、元通り片付く室内。


「適当で構わないゾ。使えなければ、また始末すればイイ」


 最後に血痕を拭き取った雑巾が、ゴミ箱へと放り投げられる。


「魔剣士になりたい奴なんて、掃いて捨てるほど居るんだからナ」

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