第58話 伊澄クロウの頼みごと


 初見時は開け方が分からなかったシザーズドアをくぐり、助手席に乗り込む。


 ヘンに車高が低いせいで、注意しないと頭ぶつけそうになるんだよな。

 俺、そこそこ上背あるし。


「……すいません、リオさん。せっかく連れて来てくれたのに」

「気にすんな。どのみち長居するトコでもねーし、そもドライブに誘ったのはアタシだ」


 魔剣士相手の乱闘騒ぎ。

 近くに人気ひとけは無く、顔も隠していたとは言え、どこでボロが出るかなど分からない。


 加えて、下手に街中を歩き回り、別の面倒に巻き込まれても厄介。

 ゆえに俺たちは、早々と天獄街から引き揚げることにした。


 ……まさか、あそこまで治安の悪い場所だったとは。

 そりゃリオさんだって、懐に閃光手榴弾くらい忍ばせる。


「てか、まだ十時前かよ。ここまで来たついでだ、富士吉田の遊園地に行かねーか?」

「え……と、ええ、はい。お付き合いします」


 テーマパークとか行くんだ、この人。

 ちょっと、いや、かなり意外。


「遊園地なんて小学生以来ですよ」

「アタシは依頼人に商品を受け渡す時、よく使う」


 なるほど。納得。

 怪しげな取引の現場は遊園地と、相場が決まってるし。






「──じゃあ、あのオッサンは大丈夫そうなんだな?」

〔ああ。だいぶ酷くやられてたみたいだが、命に別状は無いって〕


 上機嫌な鼻歌交じり、高速道路を走らせるリオさん。

 その隣で俺は、何故かこっちの番号を知っていた伊澄から連絡を受け、通話中。


〔警察にも報せた。ああ、もちろん胡蝶のことは伏せてある。安心してくれ〕


 聞けば、昨日のうちに八田谷田からコンタクトを受け、ある程度の事情を聞いた模様。

 まあ俺のことを隠蔽するなら、真っ先に押さえるべきはコイツだろうし。


〔……けど……相手が魔剣士って伝えたら、途端に渋い顔をされてな〕


 電話口の向こうで鳴る、小さな歯軋りの音。


 ……なんでも魔剣士絡みの事件は、大半が不起訴で終わるらしい。


 政府からの露骨な

 嘘か本当か、場合によっては殺人すら揉み消されるとか。


〔くそっ……! 許されていいのかよ、こんな……!〕


 病院に居るためか、声量を抑えての憤慨。

 しばらく黙り、落ち着くのを待つ。


 やがて響いたのは、深い溜息。

 次いで伊澄は、どこか改まった様子で切り出してくる。


〔……なあ、胡蝶。ひとつ頼みがあるんだ〕


 決意の色を帯びた、静かだが強い語調。

 一体、何を頼むつもりなのかと、続きを促す。


〔俺、しばらく協会とのやり取りで忙しくなりそうだけど、休校明けには片付くと思う〕


 そんな前置きを経て請われた内容は、少しばかり意外なものだった。


〔それ以降の、時間がある時でいい〕






〔もし良かったら──魔剣士の戦い方を、俺に教えてくれないか〕

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