第57話 魔剣を得るということ


 大男を人目につきにくい裏道へと運び、その場を離れる。

 完全に昏倒させてしまったが、魔剣士のタフネスと回復力なら恐らく大丈夫だろう。


「やるじゃねーかジンヤ。一応備えといたが、コイツの出番は無かったな」


 そう言って、缶ジュース大の筒をポンポンと弄ぶリオさん。

 ピンやレバーがゴテゴテと付いた物々しいフォルムに、思わず二度見した。


「なんですかソレ」

「ただの閃光手榴弾。護身用だ」


 果たして閃光手榴弾を護身用の枠組みに収めていいのだろうか。

 銃刀法とかに引っ掛からないか、不安でならない。


「何故そんな物を……」

「銃もテーザーも、なんならミサイルだの毒ガスだのも、魔剣士には効かねーからな」


 なるほど。確かに身体強化エクストラ発動中、俺たちに通常の物理攻撃は届かない。


 だから一番有効そうな音と光で、か。

 用意周到すぎて、ちょっと怖い。






 しかし、真月といい、さっきの大男といい、今のところロクな奴と出くわさないな。

 ああいう連中がなのだとしたら、魔剣士協会ってのは噂より酷い組織かもしれん。


〈自分勝手で攻撃的なタイプが多いのは、確かでしょうね〉


 考え込んでいたら、俺にしか見えない半透明な姿で、ジャンヌが隣に現れる。


〈だって魔剣士は、虚の剣に宿る悪魔と心身が融け合わさった存在だもの〉


 肉体はもちろん、精神にも大なり小なり変化が生じるのは、至極当然のこと。


 俺にしか聞こえない声で、そう言葉が続く。


〈実際、貴方が一切の恐怖を抱かずに天使と対峙出来るのも、私と混ざったからこそよ〉


 ──お前を悪魔の括りに含んでいいのかは、かなり微妙な線だと思うけどな。


〈魔剣を得るということは、かつての自分を捨てるという行為に等しいわ〉


 その末路が力に溺れたエゴイストじゃあ、ちょっと割に合わない気がする。


 ……俺もいずれ、ああなってしまうのだろうか。


〈ふふっ。そんなに心配しなくたって大丈夫よ〉


 しゅるしゅると、ジャンヌの手を覆うガントレットが、生糸のようにほどけて行く。


 露わになった指先で、そっと首筋を撫でられた。


〈攻撃性は反発から生まれる衝動。合わない歯車を噛ませれば、ひどく軋むでしょう?〉


 さっきも言ってた同調率とやらだな。

 字面から察するに、宿した悪魔との相性とか、そんな感じか。


〈少なくとも、私は貴方が好きよ。恋人みたいに扱ってくれるもの〉


 それに、と間が挟まれる。


〈魔剣士がそうであるように、魔剣の悪魔も宿主からの影響を少なからず受けるわ〉


 胸元の焼け焦げた十字架を握り締め、微笑むジャンヌ。


〈貴方の穏やかな心と、無益な殺生を好まない在り方は、私の憎悪を鎮めてくれる〉


 だから、と再び間が挟まれた。


〈──貴方が貴方でいてくれる限り、私もあり続けられる〉


 その言葉を最後に、ジャンヌは俺の内へと戻って行く。

 魔剣との共生ってやつは、けっこう複雑らしい。


 …………。

 俺が俺でいる限り、か。


「簡単なような、難しいような……」


 つーか正直よく分からん。

 哲学?

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