第56話 極めて特殊な身体強化


 ──なるほど。


 片手での白刃取り。

 剣身を掴む指先に伝わる手応えから、魔剣憑きのを理解する。


 併せて、肩越しに後ろを振り返った。


「そのオッサンを連れて、さっさと行け」

「え……あ、まさか、胡ちょ──すまん! 恩に着る!」


 声で俺の正体に行き着くも、同時に紙袋で顔を隠す意図も察してくれたらしい。

 名を呼びかけた途中で口をつぐみ、オッサンを担ぎ、伊澄は素早く走り去って行った。


「ぐっ……待てやゴルァ!! 」


 当然、それを追おうと怒声を上げる大男。

 けれども魔剣から俺の指を引き剥がせず、この場を動けない。


 やがて苛立ちを露わ、こちらを睨み付けてきた。


「今度はなんだぁ!? ハロウィンにしちゃ、随分気が早いじゃねぇかよ!!」

「こんな適当すぎるコスプレがあってたまるか」


 目先の標的が俺に移ったと確信し、手を離す。

 たたらを踏み、尻餅をつきかけた大男は、一層と凶暴に顔を歪ませた。


「ふざけた野郎だ……どいつもこいつも、俺をムカつかせやがって……!!」


 怒気に呼応したのか、体表を覆う蒼いモヤが大きく揺らめく。


 そう言えば、このモヤにも固有の名称があった筈だが、なんて言われてたっけか。

 後で調べとこ。


〈ジンヤ。魔剣憑きは使身体強化エクストラの性能は高いわよ〉


 ──ああ。分かってる。


 今し方に受け止めた一撃は、明らかに第一段階──無銘レギオンの域を超えた膂力だった。

 基本出力そのものは、俺と比べても大差無いほど。


 ……もっとも、俺は第二段階へと至った魔剣士の中では、割とな筈だが。






 真月と一戦交えた後に気付いたのだけれど、俺の身体強化エクストラは少々ばかり特異だ。


 具体的に何が特異かと言えば、デフォルトでのリソース配分。

 筋肉や骨格よりも、脳髄と全身の神経網を重視する形で振り分けられているのだ。


 魔剣と融合して以降やたらに頭が回るのは、そのため。

 反響定位エコーロケーションが使えるほど鋭い感覚も、短期間で魔剣躰術を編み出せたのも、同様の理由。


 要は思考速度や反応速度なんかの運動神経センスに特化したタイプだったということ。

 それゆえ純粋なフィジカル面では多少劣るが、そこは適宜適材適所への集中で補える。


 実際──今この瞬間も、完全に俺がイニシアチブを握っていた。


「シッ!」

「がっ……!?」


 身体能力に対する強化幅は、こっちが少し勝る程度。

 元の体格差を鑑みれば、ほぼトントン。


「フッ!」

「ご、ぉっ」


 にも関わらず、大男は魔剣すら抜いていない俺に手も足も出ない始末。


 銃弾も見切れるであろう反応速度と動体視力による初動の差。

 体感時間が引き伸ばされるほどの思考速度を活かした、挙動そのものの精密性の差。


 これにより、肉体面では倍近いスペックだった真月さえ、近接戦で手玉に取れたのだ。

 の輩など、相手にもならない道理。


「……はぁっ」


 最後に顎を叩いて脳を揺らし、白目ならぬ黒目を剥いて仰向けに倒れる大男。


 蹴り足を戻した俺は、踵に残った肉を打つ嫌な感触に、紙袋の中で溜息を吐く。


 やはりと言うか、暴力は好きになれないな。

 気分が沈む。

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