第55話 魔に呑まれた者
耳を頼りに声の出所へと駆け付けてみれば、そこに居たのは予想通りの顔。
「なんだぁ、てめぇ……どきやがれ!」
「断る! そっちこそ頭を冷やせ!」
うずくまった中年男性を背に庇って立ち、目の前の大男を睨み付ける、伊澄の姿。
互いの間で漂う一触即発の空気に、思わず舌打ちした。
「知り合いか?」
「ええ、まあ」
どうしてアイツが天獄街に。
いや待て、そうだ。昨日の離れ牢での一件か。
「そのジジイは俺にぶつかっといて詫びも入れずシカトここうとしたんだよ!」
「だからって、いくらなんでも度が過ぎてる! 下手したら死んでたぞ!?」
「知ったことか! たかが人間一匹だ!」
魔剣を手にした報告やら何やらで協会本部を訪れるべく、足を運んでいたのだろう。
そして早々、厄介ごとに首を突っ込んだ、と。
──お節介焼きめ。
「でくの坊の方は、ありゃ魔剣憑きだな」
懐の離煙パイプを取り出しながら、リオさんが呟く。
「目を見てみろ。完全にイッちまってる」
大男の瞳は、俺と同じ金色。
けれど、それを縁取る強膜──本来は白目と呼ばれる筈の部位が、黒く変質していた。
──あれが、魔剣憑き。
「てめぇの悪魔を制することができなかった魔剣士の成れの果てだ」
〈同調率が低いと、大概ああなるのよね〉
聞き知らぬ単語に疑問符が浮かびかけるも、取り敢えず今は捨て置く。
口論に膿んだらしい大男が、魔剣を抜いたからだ。
しかも蒼い炎のエフェクト。
俺と同じ
「なっ……こんな街中で、正気か!?」
「うるせえ! ガキが俺に指図しやがって……!!」
焦点の外れた、血走った双眸。
本人に代わって伊澄の問いに答えるなら、明らかにマトモではない様相。
「……魔剣士は自制心に欠ける傾向が強い。中でも魔剣憑きは、特に情緒不安定だとか」
〈ま、そりゃソリの合わない同士が混ざったら、ねぇ?〉
俺にしか聞こえていない相槌を打ち、姿を消すジャンヌ。
ポケットに突っ込んでいた両手を、ゆっくりと引き抜く。
「これ、壊したら悪いんで」
サングラスを外し、リオさんに手渡す。
「割って入る気か? あんまりオススメしねーぞ」
「見て見ぬフリは後味が悪いんで」
「そーか。まあ好きにしろよ、アタシは束縛しない女だ」
応戦の構えを取る伊澄だが、虚の剣を抜いたばかりのアイツには荷が重かろう。
もっとも、そんなことくらい重々承知の上での行動だと思うが。
どうせ最悪、後ろのオッサンが逃げられるまでの時間が稼げればいいとか考えてる筈。
本当に、他人を助けるために自分が割を食ってちゃ世話無いっての。
「けど流石に素顔はマズくね? どこに誰の目があるか分かんねーし」
そう言ってリオさんが差し出してきたのは、厚手の紙袋。
躊躇が無かったと言えば嘘になるが、背に腹は代えられない。
適当に穴を開けてソレを被った後、左足に
一瞬でゼロとなる、十メートル近かった間合い。
振り下ろされる一刀の太刀筋へと割り込み、今度は右腕にチカラのリソースを集める。
そして──薄汚れた
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