第53話 宇宙に至る塔


 出発前のセリフに反して、意外にも店長代理の運転は穏当かつ快適だった。

 な外観だからか、ほとんどの対向車も道を譲ってくれるし。


「そうだ。ソレ使えよ」


 電動らしく、独りでに開かれるグローブボックス。

 中にはサングラスが入っていた。


「目を隠すにはちょうどいいだろ」


 魔剣が第二段階へと至った影響で、俺の瞳は常に金色を帯びるようになった。

 見る者が見れば一発で魔剣士だとバレるであろう、あからさま過ぎる特徴。


「一応、元と同じ色のカラコン着けてみたんですけど、やっぱり不自然ですか?」

「微妙に透けてる。日陰だと気付かれちまうかもな」


 バックミラーに映る自分と視線を重ねると、確かに瞳の端で光がチラついていた。

 よっぽど注視されない限り大丈夫だとは思うが、念には念を入れておくべきか。


「お借りします。ちょうど良かった。どうもコンタクトって馴染まなくて」


 一旦カラコンを外し、何度か瞬きを繰り返す。

 再びバックミラーを見やると、目の色ひとつで、だいぶ印象の変わった顔。


「……やっぱり違和感が凄い」

「アタシは好きだけどな」


 そう言って店長代理が、横から俺の頬を撫ぜる。


「前から思ってたんだ。お前は瞳を明るい色にした方が映えるって」

「ですか」

「ですとも」


 まあ、どのみち当分はカラコンで誤魔化すけども。

 特に姉貴には、まだ魔剣士だってバレたくないし。






 途中、高速道路での移動も挟み、およそ一時間の道程。

 駐車場に降り立ち、軽く手足を伸ばす。


「良い車ですね。車内は静かだし、揺れないし」

「気に入ったんなら、帰りは運転させてやるよ」


 免許とりたてでスポーツカーは、ちょっとハードル高い。

 つーかラメ入りパープルの車体に初心者マーク掲げるとか、ほぼ罰ゲーム。


 と、それはさておき。


「……ここが天獄街、か」

「なんだ、来たことねーのか?」

「あまり興味も無かったので。観光地ってワケでもないですし」


 十年前の天獄出現によって崩壊した、当時の日本の最高峰。


 その跡地の一角に作られた街。

 魔剣士協会の本部も、ここに据えられている。


「近くで見ると、やっぱり大きいですね」

「直径数キロはあるらしいからな」


 地元だと青く霞んで見えた、白亜の巨塔。

 山ひとつ砕くに足る質量と威容を備えた、まさしく文字通りの摩天楼。


「ン」


 ふと、塔の外周の一部に沿って築かれた細長い人工物に目を引かれた。


「あれが軌道エレベーター」

「実際の構造は少しっつーか、だいぶエレベーターとはかけ離れてるけどな」

「そうなんですか?」

「耳聞こえが良いからそう呼ばれてるってだけだ」


 材質不明、詳細不明の塔を支柱とした、宇宙まで伸びる架け橋。

 よくよく考えれば胡散臭さ極まれりだが、計算上の安全は保証されているらしい。


「来年には一般公開される予定なんですよね」

「席の予約は三年先まで埋まってるけどな」


 調べたから知ってる。

 一度は宇宙に行ってみたいと考える人間は、思いの外に多かった模様。


「……チケットが欲しいなら、オープン当日のを取ってやれるぞ? 一緒に行くか?」


 出来れば姉貴の分も頼めませんか、と言ったら微妙な顔をされた。

 相当なプレミア物だろうし、そいつを二人分は流石に難しかったかな。


「コブ付き……まあ、いいか。突っ立ってても仕方ねーし、どっか入ろうぜ。喉渇いた」


 近くにあったチェーン店のカフェを指差される。


「あとアレだ。今日はオフなんだから店長代理はナシな」

「ですか」

「ですとも」


 吉田きちださん、と声に出してみたところ、またも微妙な顔。

 なので、リオさんと呼ぶことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る