第52話 デートの誘い




 風呂場から姉貴を引っ張り上げ、軽い看病と併せて寝かし付けた後、家を出る。


「ったく……寿命が縮むかと思った……」


 なんでも夜勤中、忙しくて仮眠が取れず、眠気が限界だったとか。

 仕事明けの疲労抜きにと、ぬるめの湯を張っておいたのがトドメとなった模様。


「ありがとう、ジャンヌ。お陰で大事にならず済んだ」

〈くふっ。人騒がせなオネーサンねぇ?〉

「まったくな」


 ただでさえ俺と同じ朝型体質で、夜間の活動には不向きだと言うのに。


 やはり日勤だけのシフトに切り替えさせるべきだな。

 手当が減るからと渋るかもだが、今は十二分に金がある。


 第一、多少姉貴の給料が減ったところで、何の問題も無く暮らせるのだ。


 生活費とは別の口座にコソコソ貯金するため、夜勤を入れてたのは知ってる。

 どうせ俺の進学費用のためだろう。そもそも大学には行かないと何度も言ってるのに。


「……チッ」


 いい加減、少しくらい自分中心で生きろよ。

 ホストに貢ぐ地雷女と変わんねーぞ、馬鹿姉貴め。






「──というワケで、三本目の売却依頼は取り消しでお願いします」


 行きがけに今朝の予定だった空き地の除草を済ませ、店へと通勤。

 着火対象を自由に選べる聖炎ウェスタが便利すぎて、一瞬だった。


「そうか……ま、しゃーねー」


 ひと通り先日の出来事を話し、預けてある虚の剣の返却を求める。

 店長代理は特に嫌な顔を見せる様子も無く、すんなり了承してくれた。


「バレずに手に入ったら、また持って来いよ。いつでも引き取るぜ?」

「……あー、あの……本当に、大丈夫なんですよね……? ほら、法律とか」

「アッハハハハ! へーきへーき、心配すんな! アタシたちは捕まらねーから!」


 つまり他の関係者は捕まる恐れがあるのか。

 いや、深くは問うまい。寝付きが悪くなる。


「にしても、ユカリコの奴は相変わらずみてーだな」


 離煙パイプを指先で弄びながら、懐かしむように呟く店長代理。

 彼女の髪をすいていた手を止め、尋ねる。


「真月と知り合いなんですか?」

「同じ高校の後輩だった。もっともアイツは入学半年で退学食らってたけどよ」


 つまり中卒なのか。道理で。

 いや、アレを基準に据えるのは他の中卒に失礼だ。


「後でアイツの恥ずかしい秘密とか教えてやる。黙らせたい時に使え」


 そいつは非常に有難い。

 にしても、世間ってのは案外と狭いんだな。






「そーいや、お前なんで今朝は制服じゃねーんだ?」


 とかした髪を満足げに触っていた店長代理が、ふと俺を振り返って首を傾げる。

 やはり、つげ櫛を使うと艶が違う。


「離れ牢の件で、一週間ほど休校になったんですよ」


 魔剣士協会による生徒への事情聴取なども、この間に順次行われるらしい。

 俺のことは上手く誤魔化すと真月は言っていたが、本当に大丈夫なんだろうな。


「……じゃあ、今日ヒマなのか?」

「ええ、まあ」


 姉貴も一日中寝てるだろうし。


「なるほど。ちょうどいい、アタシも空いてるんだ」


 書類が積み上がった机の上を見回し、何か探し始める店長代理。


「実は最近クルマ買い換えたんだが、まだ近くまでしか走らせてなくてよ」


 そう言えばガレージに新車が停まってたな。

 ラメ入りパープルの派手なスポーツカー。


「依頼のキャンセル料がわり、ドライブに付き合わねーか?」


 じゃら、と引っ張り出された真新しいキーレスキー。

 特に断る理由も無かったため、頷いて返す。


「構いませんよ。是非、乗せて下さい」

「よし決まり。どっか行きたいとこがあれば、時速三百キロで連れてってやるぜ?」


 くれぐれも法定速度は守って下さい。

 しかし、行きたいところか。急に言われてもな。


 …………。

 ああ、そうだ。がいい。

 ドライブにも手頃な距離だし。


「じゃあ──『天獄街てんごくがい』まで、お願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る