五章 魔剣侵蝕

第51話 胡蝶キリカ


 毎日午後九時か十時には床につき、毎日八時間眠るのが俺の基本的ルーティン。

 睡眠時間イコール生活の質だからな。徹夜なんかする奴の気が知れない。


「ただいま」


 今日は早朝シフトが入っているため五時起き。

 台所で朝と昼の支度をしていたら、良いタイミングで姉貴が帰って来た。


「おかえり。夜勤お疲れ」

「ん」

「ちょうど風呂沸いたから入ってきなよ。着替えはいつものとこな」

「んー」


 欠伸を噛み殺しつつ、重たげな足取りで脱衣所に向かう姉貴。


 安さだけが取り柄の市営ボロアパートだが、風呂トイレ別なのは助かってる。

 ユニットバスは掃除こそラクだが、個人的にキツい。


〈……相変わらず愛想の無い女ねぇ。あれで本当に看護師なんか務まってるの?〉


 背後に現れ、怪訝そうに呟くジャンヌ。

 あー、と開けられた口にひとつ卵焼きを放り込み、残りを皿に盛った。


「さあな。ま、今は金ならあるんだ。嫌になったら辞めればいいさ」


 俺と姉貴──胡蝶キリカに両親は居ない。

 四年前、交通事故で亡くなった。


 頼れる親族などのアテもなかったため、以降こうして二人暮らしの身。

 事故当時まだ短大生であった姉貴には、随分と苦労をかけさせた。


 当の姉貴の反対を押し切ってでも施設に入るべきだったのではと、今でも時々思う。

 ただ同時に、俺だって唯一残った肉親と離れがたかったのも事実。


 ──だからこそ、危ない橋を渡ってでも虚の剣を金に換えたってのに。


 表向きは宝くじの当選金というあぶく銭にも関わらず、一銭だって受け取りゃしない。


「姉貴は少しくらい、自分に金を使うべきだ」


 服とか化粧品とか小物とかな。

 俺もあと半年で独り立ちする予定なんだし、多少贅沢したってバチは当たるまいに。


 こうなったら店長代理にオススメとか聞いて、一式買い揃えて直接渡そうかな。

 現物なら受け取ってくれるかも知れん。俺が持ってても仕方ないし。


「あとは温泉旅行とか、高いレストランとか……色々調べとくか」


 好きなように着飾って、ハイスペ男をつかまえて、結婚して、子供に囲まれて。

 せっかく美人に生まれたんだ。そのくらいには報われていい筈。


 …………。

 正直言って、俺は他人の幸せにも、自分自身の幸せにも、さほどの興味は無い。


 だが姉貴は、姉貴にだけは、幸福で満ちた人生を送って欲しいと願っている。


 この世でたった一人の、家族なのだから。






〈あーもー、なんで服を脱ぎ散らかしてるのよ。洗濯機に放り込むだけでしょうが〉


 出来上がった朝食をテーブルに並べていたら、脱衣所からジャンヌの愚痴。


 姉貴、ちょっとズボラなところがあるんだよな。

 あると言うか、年々生活力が落ちてると言うか……何故だろう。


 まあ家事全般は俺がこなしてるから、今のところ問題無いんだが。


〈ったく……あら? ねージンヤ、キリカが湯船の中で寝落ちしてるけどー?〉


 ダッシュで助けに行った。

 仮にも看護師が風呂場で溺れて病院搬送とか、笑い話にもならない。

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