第49話 柔よく剛を制す


「ッ……ば、かな……相殺……いや、……!?」


 一刀を振り下ろした体勢のまま、眼前の光景に呆然と目を見開く真月。


 少々の間を挟んだ後、糸が切れた人形のように膝をつく。

 飛斬スパーダはシンプルゆえに扱いやすく低燃費な魔剣技アーツだが、これほどの出力では流石にな。


選択肢カードの切り方が悪い」


 着火した蒼水エネルギーを根こそぎ奪い、再び指を鳴らし、残り火を払う。

 また火加減を間違えた。もう一割くらい弱火で良かったな。


「大技を仕掛けるなら先に隙を作るか、じゃなきゃ出会い頭の不意打ちを狙うべきだ」


 馬鹿正直に真っ向から繰り出した一撃など、対処して下さいと言っているようなもの。


 つまるところ、だ。


「自覚の有無は知らないが、舐めてかかってたのは、むしろそっち側な」


 なまじ相手のスペックを見極められる勘の良さを備えるがゆえ、俺を格下と侮った。


 身体強化エクストラの出力は自分が優っている。力で押し続ければ必ず崩せる。

 捌いた剣戟ひとつひとつから、そんな心境が透けて見えた。


 もっとも、理屈としては別に間違っちゃいないが。

 今回は噛み合わなかったってだけで。


「確かに地力はアンタの方が上だ」

〈今はね〉


 そう言葉尻へと添えて強調するジャンヌ。

 俺以外には聞こえないっての。


「素早い身のこなし、重く鋭い太刀筋。各能力を数値化すれば、大半は俺を上回る筈」


 ポケットに手を突っ込み、ゆっくりと真月に歩み寄る。


「けど直情的すぎる。パターンが単調で、視線や予備動作からも動きを先読みしやすい」


 立ち上がろうと力む彼女の肩を押し、仰向けに倒す。

 手から滑り落ちた長刀が、傷だらけの床を転がった。


「天使相手なら兎も角、対人戦でソレは致命的。だからなんだよ、きっとな」


 真月の胴を跨いで立ち、真上から見下ろす。


「それで、どうする? まだやる──」

「当たり前だ! そこをどけ!」


 食い気味に返された。

 人の話は最後まで聞け。


「……さっきので、俺の炎がどんな性質を持ってるかくらい分かった筈だ」


 名誉も、名声も、尊厳も、命すらも。

 火刑に処され、全てを奪われた女が持つに相応しいチカラ。


「アンタが飛斬スパーダ以外の魔剣技アーツも使って、ガチでやろうってんなら」


 掌上に、銀の火球を灯す。


「俺も、聖炎コイツで応じざるを得なくなる」


 そこまで行くと、もう遊びや冗談の域では済まない。

 単なる殺し合いだ。


「お互い人殺しにはなりたくないだろ? ここらで手打ちってことにしないか?」


 長い沈黙。

 唇を噛み締め、俺を睨む真月。


 そして。


「………………………………いい、だろう。今日は、このくらいにしておいてやる」


 喉を擦り潰すような口舌と共に、縦へと振られる首。


 良かった良かった。

 これにて無事、一件落着。


〈余計に禍根を作っただけじゃないかしら〉


 それならそれで、明日の俺がなんとかしてくれる。

 頑張れ明日の俺。

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