第45話 取り調べ


「名前は」

「胡蝶ジンヤ」

「歳は」

「十八」

「血液型は」

「A型のRhマイナス」


 調書用にか、まずは基本的なプロフィールに関した質問が重ねられる。


 俺が一答するたび、電話越しに小さく聴こえる、キーボードを叩くような音。

 八田谷田とやらに電話を繋いだのは、記録を取らせるためか。

 監視カメラの類こそ見当たらないが、たぶん録音とかもされてるよな。


「家族構成」

「姉が一人」

「現住所」

「駅近の市営アパート。番地は──」


 言うまでもない話だが、魔剣士協会は天獄関連の事象に唯一対応可能な組織。

 ゆえにこその必然。ソレ絡みの事案に対し、限定的ながら警察権が与えられている。


 とどのつまり、極めて特殊な立ち位置ではあるものの、魔剣士とは国家公務員の一種。

 書類を作成する上での形式も、キッチリ体系化されているのだろう。


 なんと言うか、少し意外。

 ガラの悪い連中の集まりみたいなイメージだったから、もっとアバウトな感じかと。


 でもまあデスクワークが粗雑だと、そもそも組織として成り立たないか。


「──いつ、どうやって、虚の剣を手に入れた」


 おっと。来たな。


 本題に入ったからか、いかにも面倒くさげだった真月が佇まいを直す。

 電話の向こうでも、一層と耳を傾ける気配が窺えた。


 …………。

 さて。どこからどこまで、素直に明かしたもんかな。


「だいたい三週間前、離れ牢に呑まれた。そこにあった剣を取り込んだ」


 決めた。基本的には話すスタンスで行く。

 重ねる嘘は少なく済ませるに越したことは無い。


「……場所は」


 スマホの地図アプリを起動し、あの時に歩いていた周辺を指し示した。

 それを見た真月が、僅かに瞳孔を絞る。


「ッ……ヤタ、間違いない。コイツだ」

〔やっぱり……!〕


 手短に交わされる応答。

 何がなのか。


「どうやって抜け出した。その牢には聖人が居た筈だ」

「……なんでそんなこと知ってんだよ」

「答えろ」


 頬を掻き、思考の間を稼ぐ。


 今の発言といい、どうにもやっこさん方、断片的にだが俺の足跡を握ってるっぽいな。

 余計に下手な嘘がつけなくなった。こちとら弁が立つ方でもないってのに、参る。


「倒した。現れたばかりのところに出くわしたんで、ほぼ不意打ちだけどな」

「……なるほど。だったら可能性くらいはあるか。よく生き残れたものだ、運の良い奴」


 それは本当にそう。


「しかし何故、離れ牢を出てすぐ協会に一報入れなかった」

「評判の悪い組織に空手で近付くのは抵抗があった。実態を知る時間が欲しかったのさ」


 改めて調べたところ、魔剣士協会はお世辞にも国民に大人気の看板とは言い難かった。

 若年層の支持こそ高いが、他からは存在を危険視する声の方が遥かに多いのだ。


 もっとも、天石を筆頭とした財宝に目が眩んだ政府は、ガン無視の姿勢を貫いてるが。


 そこらへんを引き合いに出すと、真月は一応納得したらしく、次の質問へと移る。


「二週間ほど前、市内で離れ牢の痕跡が確認された。潰したのは、お前だな」

「……まあ、な」

「協会に関わりたくないなら、どうしてそんなマネを?」


 俺だって回れ右で帰れるもんなら帰りたかったさ。

 でも仕方ない。後味の悪い思いをせず済ませるためには、ああする以外に無かった。


「それと。現場を離れる際に持ち出した虚の剣は、どこだ」


 げ。


「…………保管してある」

「後日回収する。個人が抱えたところで容易く金に換えられるような代物でもあるまい」


 実は三本持ってて、既に二本売れちゃったけど、とは口が裂けても言わない。


 でも、そうか。真月たちが情報を掴んでるのは、あの時の一本だけか。

 良かった。このままどうにか誤魔化せるかも知れないぞ。


「ついでに聞くが貴様、一体どうやって離れ牢を探し当てた?」


 一気に肩の荷が降りた気分だ。

 ソファの背もたれに置いた拳を握り締め、峠は越えたと安堵する。


「俺の魔剣の特性だよ。離れ牢が生まれると、すぐ分かる」

「…………な、に?」

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