第44話 第五支部


 三人も乗れば満員確実な狭いエレベーターで、雑居ビルの四階まで上がる。


「先に出ろ」


 降りてすぐ目に入ったのは、飾り気の無い無骨な扉。

 その脇には『魔剣士協会第五支部』と書かれた金属プレートが貼り付けてあった。


「入れ。鍵はかかってない」


 俺の背中を睨み付けながら、低い声音で告げる真月。

 微かな水飛沫の廻る音。いつでも魔剣が抜けるよう身構えている模様。


 至極当然な警戒だが、生憎もう逃げ出す気は無い。

 あれだけやっておけば、ひとまずの名刺交換には十分だろうし。






「奥側に座れ」


 テーブルを挟む形で二台のソファが置かれた、応接間らしき一室。

 指示されるまま腰掛けると、妙に強くコーヒーの匂いが薫った。


「黒総の奴、また寝落ちして溢したな……ここを仮眠室にするなと何度言えば……」


 苛立った風に小声でブツブツ呟きつつ、どっかと対面に腰掛ける真月。

 編み上げブーツを履いたままガラステーブルの上で脚を組み、懐からスマホを出した。


「今から貴様の取り調べを行う。私とでな」


 短い操作の後、机上に投げ出されるスマホ。

 ヒビ割れだらけの画面。相当雑に扱ってるんだな。


〔──はじめまして〕


 スピーカーモードでの通話。

 その第一声を聴いた瞬間、脳裏に疑問符が浮かぶ。


〔私は八田谷田やたやだヤタ。そこに居る真月ユカリコと同じく、第五支部に所属する魔剣士です〕


 校門前に呼び付けたタクシーが来るまでの間、真月が電話していた相手と同じ名。

 否。そんなことより。


「では、まず──」

「先にひとつ聞いていいか?」


 基本、俺は目上の人間には敬語を使うし、話の最中に言葉を被せる類の行為も避ける。

 が、今回の相手は魔剣士協会。ちょっと無礼な感じに攻めるくらいが丁度いい、筈。


 と言うか、純粋に疑問で仕方ない。


「なんでが、わざわざ電話越しに同席するんだ?」

「……なに?」


 その質問に対し、真月の表情が一気に怪訝なものとなった。

 身を乗り出して、見開いた金色の瞳で至近距離から俺を見据える。


「どうやって察知した。探査能力は『嫉妬エンヴィ』系統の専売特許。貴様の魔剣は憤怒ラースだろう」


 そっちこそ、何故系統ソレを知ってるんだ。

 ああいや、さっき目の前で魔剣を抜いた時のエフェクトか。そりゃ分かるわ。


 そして向こうの質問に答えるなら、シンプルに音と気配。

 身体強化エクストラを耳と肌に集中させれば、この規模のビルの全容程度は簡単に把握出来る。


「……ヤタは超がつくほどの人見知りでな」


 俺の返答に納得したようなしてないような態度で、真月がスマホを小突く。


 曰く彼女──八田谷田は、他人と直接顔を合わせてしまうと会話にならないらしい。

 なるほど。そういう理由なら、ご自由に。


〔お手数ですが、ご容赦ください〕


 頭でも下げたのか、電話越しに小さく衣擦れの音。

 併せて、真月が再びガラステーブルに脚を投げ出す。


「前置きはいい。さっさと取り調べを始めるぞ」


 左目だけを細めた視線が、真っ直ぐと俺を射抜く。


「貴様には、この一時間のうちに聞きたいことが山ほど増えた」

「分かってるさ。なんでも聞いてくれ」


 何もかも包み隠さず馬鹿正直に答えるかは、残念ながら保証しないけども。

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