第43話 掌上に運らす


「随分舐めたマネをしてくれたな」


 刀身に残る蒼水エネルギーの残滓を払いつつ、さも忌々しげに吐き捨てる真月。


 こめかみの青筋を見るに、結構な立腹具合。

 危うく面子を潰されかけたのだ。当然っちゃ当然か。

 いかにもプライド高そうだし。


 ただ流石に今のは、こっちも物申させて貰うぞ。


「もし俺が弾いてなかったら直撃だったぞ」


 錆びた給水塔を、背中越しに顎でしゃくる。

 瓦礫が下に落ちて、危うく大事故を起こすところだ。


「…………ついカッとなってやった。ごめんなさい」


 あやまれてえらい。

 次から気を付けるように。


 ──それじゃあ仕切り直しってことで。


「あ!? この、待てっ!!」


 待ちません。






「どこに行った! 隠れてないで出て来い!」


 人通りの多い駅前で喚く真月。

 あらかじめ魔剣を手元から消してなかったら、即通報案件だったな。


 しかし、ただでさえ目立つ容姿と格好に加え、あんな大声を上げて。

 自分の居場所を教えて回ってるようなもんだと気付いた方がいい。


「俺はチョコレートとバニラのダブルにするけど、お前は?」

〈ミントとストロベリー〉


 了解。


「っ、見つけ──貴様ァ! 追われる身でアイスを買うとはどういう了見だ!?」


 だってジャンヌが食べたいって言うから。

 ちょうど俺も甘いもの欲しかったし。






「くそっ! また見失った!」


 アイス片手、入り組んだ路地裏を使って真月を撒き、近くの屋根から様子を窺う。


 生憎と俺の方が、足の速さも切り返しの鋭さも上だ。

 闇雲に追いかけるだけじゃ、百年かけても捕まえられないぞ。


「ぐ、くくっ……もし逃げられでもしたら、黒総のバカにどんなイヤミを……!!」


 ぎりぎりと歯軋りする真月。

 そんな彼女の背後に飛び降り、肩を叩く。


「ええい、なんだ! 私は今忙し──」

「や」

「…………捕まえたァッ!!」


 細めの電柱くらいならヘシ折れそうな勢いのベアハッグ。

 骨を持って行かれたくはないため、バックステップで身を躱し、再び逃走した。






「待てぇっ! 大人しくお縛につけ! いや、その前に一発殴らせろ!」


 現在、国道に出てチェイス中。

 時速百五十キロメートルそこそこで追走してくる真月と、付かず離れずの距離を保つ。


 ……今、追い越した車の運転手の顔、物凄かったな。


「なるほど。どうやら素の出力チカラは、俺より相当上みたいだ」


 踏ん張りが利かない空中で撃ったにしては、飛斬スパーダの威力も大したものだったし。


〈余計に救い難いわね。つまりチカラの使がド下手ってことじゃない〉

「せめて技術面に伸び代があるとか言ってやれ」

〈はいはい、やれば出来る子ー〉


 それ特に褒めるところが見当たらない奴に対する常套句。


〈あ、ジンヤ。そこ曲がったらよ〉

「そうか」


 割と距離はあった筈だが、けっこう早く着いたな。

 当たり前か。自動車より速く走ってたワケだし。


「ッ!! ようやく観念したか!」


 振り返りながらブレーキをかけ、立ち止まった俺の姿に、牙を見せて笑う真月。


「だがもう遅い! 私をコケにしたんだ、全身の骨を半分折って半殺しの刑に──」


 物騒なことを叫びながら飛び掛かってきた彼女の襟首を掴み、


「ッが……!?」


 見よう見まねのテキトーな一本背負いで、アスファルトの舗装路へと叩き付ける。

 肩に羽織らせていただけのコートが、宙を舞う。


 鉄骨でも落としたような、蜘蛛の巣状の亀裂が広がるほどの衝撃。

 けれど身体強化エクストラ発動中、魔剣士の五体を覆う蒼いモヤは、常夜外套に近い性質を持つ。


 つまりモヤがあるうちは、天使と悪魔のチカラ以外による干渉でダメージを受けない。


 が、猛スピードで走っていたところを急にひっくり返されれば、動きも思考も止まる。


 その隙に魔剣ジャンヌを喚び出し、波打つ剣身の切っ尖を、喉笛へと突き付けた。


「ゲームオーバー。遊んでくれてありがとう、良い慣らしになった」


 軽く会釈。

 次いで、すぐ側の建物を指差す。


 仰向けの格好でそれを見上げた真月の目が、大きく見開かれた。


「そして、御苦労様」


 タクシーに乗る際、伝えていた住所。

 一階に全国チェーンのレストランが入った、四階建ての小綺麗な雑居ビル。


 魔剣士協会第五支部とやらに、到着だ。

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