第42話 鬼ごっこ開始


 身体強化エクストラを右脚へと集中させ、跳躍。

 近くのビルの屋上まで跳び、身を翻し、フェンスに腰掛ける形で着地する。


〈アッハハハハハハハハ! 大口叩いた割には簡単に逃げられたわねぇ!〉

「暴れていれば警戒もされただろうが、素直に同行したからな」


 けらけら笑うジャンヌを他所、車道を見下ろす。


 急ブレーキをかけ、街路樹に衝突寸前で危なっかしく停車したタクシー。

 少し間を置き、鋭敏化した聴覚に届く、運転手と真月とのやり取り。


「『修理代はここに請求しろ』か。映画以外で初めて聞くセリフだ」

〈あ、出て来た〉


 外れかけたリアドアを押しのけ、狭そうに車から降りる真月。

 険の寄った表情で左右を見回していたので、指笛を吹いて位置を知らせる。


「ッ……どうやって一瞬であそこまで……貴様ァ! なんのつもりだ!」


 通りの良いハスキーボイスで怒鳴り付けられる。

 これくらいの距離なら、普通に話す程度の声量でも聞こえるって。


「本当に逃げても意味が無いのか、少し試してみたくなった」


 あえて挑発的な態度を取ってみる。

 冷静になって人手を呼ばれたりとかしたら意味無いし。


「それに、まだ第二段階いまの出力に馴染んでなくてな」


 ──遊んでくれよ。


 小馬鹿にした風にそう告げると、真月の金瞳がチカチカと瞬く。

 次いで虚空に手を伸ばし、蒼い水飛沫を迸らせ──馬鹿長い刀型の魔剣を、抜いた。






 建物の屋根から屋根へと飛び移る。


 正直あまり高所は得意じゃなかったのだが、魔剣と融合して以降は全く平気だ。

 たぶん、落ちても問題無い高さになったからだろう。


「ちゃんと追って来てるか?」

〈ええ。でも妙にわね〉


 跳躍の最中、肩越しに後方を窺う。

 確かにジャンヌの言う通り、今ひとつスピードが乗っていない。


〈ああ分かった。あの女、貴方と同じことが出来ないみたい〉

「同じこと?」

身体強化エクストラの一点集中〉


 なるほど。


「魔剣士ならデフォルトで修めてる技術ワザってワケじゃないのか」


 単に飛斬スパーダを撃つ時の応用なんだけどな。

 なんなら応用とすら呼べない。蒼炎エネルギーを蒐める先が剣身か、身体の一部分かの違いだし。


「それとも系統によって、そこら辺の性質も違ったりするのかね」


 エネルギーが水のエフェクトってことは『暴食グラトン』に属する魔剣か。

 水は基本的に出来ない。その影響を受けているのかも。


「よく分からん。戦闘技術関連の内容とか、ほぼ資料に載ってなかったしな」

〈ねえ〉


 しばし考え込んでいたところ、軽く肩を叩かれる。

 どうしたジャンヌ。


〈たぶん撃ってくるわよ。飛斬スパーダ


 …………。

 流石にだろ。ここ街中──


「ッ!」


 殺気。着地と同時に振り返る。

 目前まで迫っていた蒼水の刃を側面から蹴り付け、空高く打ち上げた。


「……追い付いたぞ」


 十秒ほどの後、上空で弾けて霧散する飛斬スパーダ

 その光景を仰いでいたら、同じビルに足をつけた真月の姿が視界を掠める。


 向かい合い、頬を掻く。

 だいぶ無茶苦茶やりやがるな、この女。

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