第41話 魔女の一計


「てっきり、拘束くらいされるものだと思ったんですけどね」


 協会支部とやらへの連行を受け入れた後、俺はタクシーに乗せられていた。

 なんだかちょっと拍子抜け。


「半人前以下の使なら兎も角、魔剣士をロープや手錠ごときで戒められるものか」


 隣に座った真月がチョコバーを頬張りながら、そう返す。

 なんでも朝食を取り損ねたとか。朝抜きは確かにツラい。


「そもそも、逃げようなどと考えたところで無意味だ」


 指先についたナッツの欠片を舐め取りつつの、凶暴な笑み。


 鮫のように尖った牙が並んだ歯列。

 魔剣との融合は、瞳の色以外にも身体的変化をもたらす場合があるのだろうか。


「協会に属さん無頼の身で魔剣を第二段階まで押し上げた。なるほど、その手腕は見事」


 だがな、と一拍の区切りが入る。


「どこのどいつを引き当てたか知らんが、私と貴様とでは融け合った悪魔の格が違う」


 つまり真月じぶんこそが連行中の俺に対する鎖だと。

 なんとも大した自信だ。よほど強い悪魔チカラを抱えているらしい。


〈──言ってくれるじゃない〉


 おもむろに、頭の中で声が響いた。


〈チャチな島国でイキってただけの脳みそ縮んだアル中に、この私が劣るですって?〉


 半透明に透けた姿で現れたジャンヌが、不愉快げに舌打ちする。

 真月やタクシーの運転手には見えていないのか、完全なノーリアクション。


 つーか狭い車内だから仕方ないのは分かるが、俺の膝に座るな。

 鎧の金具が食い込んで、かなり痛い。


〈ねえジンヤ。少しからかってあげたら?〉


 意地悪く微笑み、こしょこしょと耳元で提案を囁いてくるジャンヌ。

 息が当たってこそばゆい。そもそも内緒話のポーズを取る必要とか無いだろ。


 ──お前、流石にそれは……。


〈魔剣士協会は実力主義なんでしょ〉


 渋る俺へと、ジャンヌが更に言葉を続ける。


〈こいつに一杯食わせれば、貴方のチカラを分かりやすく示せると思うけど?〉


 ……まあ、一理なくもないか。


 正直言って、今の俺の立場はかなり危うい。

 何せ出所不明の魔剣を所有する、協会未登録の魔剣士だ。

 しかも、叩けばホコリが出るくらいには後ろ暗いこともやってる。脱法だけど。


 元々の予定では、高校卒業頃まで腕を磨いた後、自ら協会に出向くつもりだった。

 そうすれば魔剣の入手経緯も誤魔化せるし、面倒やイザコザも最小限で収まった。


 が、そいつは見事オシャカとなってしまった。


 少し調べれば、あの離れ牢に呑まれる前から魔剣を所持していたことは簡単に割れる。

 何せクラスの連中ほぼ全員が証人だし。


 第一、真月は有無を言わさず俺の連行に踏み切った。

 その時点で、既に何らかの嫌疑を見出されているのは明らか。


 天獄出現から未だ十年。

 店長代理曰く、魔剣関連の法整備はまだまだザルらしいが、お咎めナシでは済むまい。


 ──仕方ない。


 当初のプランは水泡に帰した。

 現状で採れる次善の策は、自らの有用性の証明。


 政府は一人でも多くの魔剣士を欲している。

 使ことを示せば、悪いようには扱われない筈。


 そして。魔剣士協会という力こそ最優先な組織における有用性など、ひとつしかない。






 真月が大きく欠伸したタイミングを狙い、俺は──タクシーのドアを、蹴破った。

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