第39話 白鬼との邂逅


 胸を撫で下ろす最中、教室の扉を開ける音と共に鳴り渡った声。

 少しハスキーがかった、聞き覚えの無い女声。


「通報を受け、朝食を切り上げ、取るものも取らず駆け付けてみれば」


 カツカツと床板を叩く、硬い靴底の音。

 振り返ると、ちょうど教室内に入って来るところだった女が一人。


「離れ牢の入り口はどこだ? 確かにここだと聞いたぞ」


 褐色の肌。腰に届く長さの癖っ毛な白髪。

 俺とほぼ変わらないほど背が高い、の瞳を持つ、日本人離れした容貌の持ち主。


 ──なんだ、あれ。


 袴を着込み、厳しいブーツを履き、金具で飾られたコートを羽織った珍妙な服装。

 およそ普段着とは思えない、ほぼコスプレまがいな格好。


 ただ、不思議と痛々しさは感じなかった。本人のビジュアルが良いからだろう。

 イケメンと美女は何着ても似合う、的な。


「……貴様……」


 不意にコスプレ女と視線が重なり、怪訝そうな眼差しを向けられる。

 だが口を開こうとした寸前、未だ目覚める様子の無い女生徒に気付き、足早に寄った。


「怪我か。それとも病気か」

「え……あ……喘息、です。薬は吸わせましたけど、急いで病院に──」

「どけ」


 伊澄を押しのけ、女生徒の前で屈み込むコスプレ女。


 次いで、虚空へと手を伸ばし──を迸らせた。


「『酒呑童子シュテンドウジ』」


 コスプレ女の手中に現れる、一本の剣。

 いや、アレは刀か。やけに刀身が長い。あんなもの、まともに振り回せるのか。


「何を──」

「黙れ、気が散る。そのせいでを間違えたら叩きのめすぞ」


 女生徒の口元に突き付けられる切っ尖。

 低い一喝で伊澄を黙らせ、深く息を繰り返すコスプレ女。

 

「──『小盃コサカズキ百薬酒ヒャクヤクシュ』」


 やがて刀身に浮かび上がる、紫色の結露。

 刃を伝い、ひと雫となり、刃先からしたたり、僅かに開かれた女生徒の唇へと落ちる。


 こくりと、微かな嚥下の音が鼓膜を掻いた。


「これでいい。じき目覚める。もう二度とソレを使う必要も無い」


 伊澄が持っていた吸入器を指差し、そのように告げ、コスプレ女は腰を上げる。


「さて」


 そして、その埒外な長さの刀を肩へと担ぎ、俺に向き直った。


「魔剣士協会第五支部の真月まがつユカリコだ」

「ッ」


 唐突な自己紹介に、少しだけ目を見開く。

 魔剣を出した時点で分かってはいたが、やはり協会の人間か。


 だが何故、わざわざ名乗った?


 ──まさか。


「見ない顔だな。所属は」


 続いた問いに、やはりそうかと歯噛みする。


 どうやらコスプレ女──真月とやらは、俺が魔剣士であることを確信しているらしい。


 もしや魔剣士には、共通した見分け方が存在するのか?

 しかし俺の調べた限りでは、そんな情報──


「待て。貴様、識別紋しきべつもんはどうした」


 識別紋。そう言えばあったな、そんなの。


 協会所属の魔剣士全員が首に彫ることを義務付けられている刺青。

 当然だが、俺の首には無い。


「……なるほど。ヤタの突飛な推論も、まんざら的外れではなかったらしい」


 俺が答えに窮する一方、何か得心したような表情を見せる真月。


 併せ──刃渡りだけでも成人女性の平均身長を上回りそうな長刀が、俺に向けられる。


「第五支部まで連行願う。抵抗する場合は荒っぽい手を使うが、どちらが好みだ?」


 見なかったコトにしてくれってのは……まあ通らないよな、流石に。


「ち、ちょっと待て! 連行ってどういうことだ!? 胡蝶は俺たちを助けてくれたんだぞ! それを──」


 思わずとばかりに割って入ろうとした伊澄を制し、無抵抗を示すべく両手を上げる。

 事情も知らずに庇おうとしてくれたのは感謝するが、生憎と向こうが官軍なんだ。


「分かりました。従いますよ、素直にね」

「そうか。私としても、その方が助かる」


 あっさりと下ろされる切っ尖。

 溜息混じり、なんとなく窓の方を見た。


 ──ああ。そりゃわ。


 ガラスに映る俺の顔は、瞳が金色に変わったままだった。

 恐らく魔剣が第二段階に移行すると、常時こうなのだろう。なんてこったい。


 …………。

 今後しばらく、快食安眠とは程遠い生活を送る羽目になるかもな。

 最悪すぎる。あと、姉貴になんて言い訳しよう。

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